【どうする家康】朝鮮出兵は秀吉の罪だが、加藤清正は悪者でない理由

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自費で命がけの大工事を強いられた大名たち

 清正も小西行長も朝鮮渡航前に、大規模な土木工事を課されていた。秀吉は「唐入り」の大本営として、九州北部に突き出た東松浦半島の北端に肥前名護屋城(佐賀県唐津市)を築いた。これは臨時の本営には違いないが、大坂城や聚楽第にも匹敵する大規模かつ豪壮な城郭だった。城域は17万平方メートルにもおよび、すべて石垣で造成され、金箔瓦が葺かれた五重七階の天守のほか10の二重櫓、豪華絢爛な御殿などが建ち並び、秀吉の居所には茶室や能舞台まであった。

 そんな大城郭が、秀吉が天正20年4月に到着するまでの半年ほどでほぼ完成した。フロイスは「僻地」で「事業を遂行する際のすべての必需品が欠け、「山が多く、しかも一方は沼地で、あらゆる人手を欠いた荒地」に大城郭を築いた大名たちの苦労を、『日本史』にこう記す。

「関白殿の命令はいとも威力があり、厳しく、効果的で、日本の主将らは、それらすべての不可能事と信じたがいほどの労苦をあたかも忘れ去ったかのように、各人は四、五万の人力を投入し、割り当てられた仕事を担当した。そして多数の者が、疲労、苦悩、重労働の果てに命を失いはしたものの、わずか数カ月間で関白殿の広大な宮殿と城の諸建築は見事に竣工した」

 そして、彼らが秀吉の名に従うしかなかった事情を、こう書く。

「この名護屋の建築事業に従事した身分の高い武将たちは、おのおのが他の武将に劣るまいと努力した。というのは、彼らはたとえ些細な怠慢や手落ちでも、そこで工事の進行を司る者から公然と叱責を被るのみならず、そのことで関白に訴えられ、同様の理由をもって追放処分に付され、関白への奉仕には役立たぬ者、無能な者として封禄を没収されることを特に恐れていたからである」

 だから、大名たちはだれもが、取りつぶされ、命を奪われるのを恐れ、秀吉に忠実であるほかなかったのである。

名誉や利益より死を望むほどの過酷な戦場

 秀吉の恐怖支配に置かれたのは、朝鮮半島での戦いにおいても同じだった。フロイスは書いている。

「朝鮮の地にいるすべての武将たちの怒りや不満、大いなる焦燥ぶりを容易に推察し得るのである。彼らは、不慣れな異国にあって、しかも敵の真っ只中に置かれ、無数の困難と貧苦に囲まれ、とりわけ食糧に窮し、大多数が病に倒れ、夥しい人々がまったく放置されたまま息絶えてゆく様に接して心を痛め、苦悩していたのである。彼らは不幸な流刑の期限がなお終らず、さらにシナを攻略する企てが確実なのを知って心は重々しく、多くの者は、明らかに生命を失い、悲惨をきわめて骨身を曝す可能性がはなはだ大きいその地において、当てにならない名誉や利益を期待するよりも、むしろ死を待ち望んだ」

 秀吉の出兵の動機が、最初に述べたように「大名たちに土地を与えるため」だとすると、大名たちも望んで戦ったかのように考えがちだが、実態は、そこで得られるものよりも死を望むほどの地獄に、彼らは置かれていた。

 事実、秀吉は異国の地で「悲惨をきわめて骨身を曝す」大名たちに厳しかった。黒田孝高(官兵衛)は、文禄2年(1593)3月に2度目の渡航をしたが、秀吉の晋州城攻略計画に反対し、秀吉を説得すべく名護屋城に帰国したが、秀吉からは軍令に従わず戦線離脱したと判断されて、朝鮮に追い返された。その後、8月に死を覚悟して剃髪している(その後赦されたが)。

 次に、文禄2年(1593)1月、平壌で朝鮮軍の攻撃を受けた小西行長の軍から、援軍を求められた大友吉統の話。行長が吉統のいる鳳山に行くと、すでに吉統は逃走しており、その話を聞いた秀吉は激怒。やはり軍令違反と判断された波多信時、島津忠辰とともに改易(取りつぶし)になっている。

 また、村上水軍の一族である来島通総のように、海戦で戦死した大名もいれば、異国の地の過酷な環境で病死した大名も数多い。秀吉の姉の子で養子の一人だった豊臣秀勝が巨済島で病死したのをはじめ、長宗我部元親の弟の香宗我部親泰父子、加藤光泰、戸田勝隆、池田秀雄、五島純玄……と、枚挙にいとまがない。

 秀吉が傲岸な侵略者だったことは疑いようがない。だが、その指示で戦った大名やその家臣たちまでが、侵略者に悪乗りした悪者のように語られるとしたら、気の毒で仕方ない。

香原斗志(かはらとし)
歴史評論家。神奈川県出身。早稲田大学教育学部社会科地理歴史専修卒業。日本中世史、近世史を中心に幅広く執筆するが、ヨーロッパの音楽、美術、建築にも精通し、オペラをはじめとするクラシック音楽の評論家としても知られる。著書に『カラー版 東京で見つける江戸』『教養としての日本の城』など。

デイリー新潮編集部

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