総額5000万円以上を騙し取った「結婚詐欺師」が、被害女性に「ショートヘアが好き」と囁いた理由

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誰とデートしても「同じ場所で、同じ映画を見る」

 Aさんのもとに集まった被害申告から、前田被告の騙しの手口も徐々に判明してきた。

「前科5犯の前田は、私が知ってるだけでも20近くの偽名を使っています。『征(まさ)』が絡んだ偽名が多かったですが、最近は神崎征駕・神崎凪・神崎龍也などのキラキラネームも用いていました。また、女性宅に転がり込み、引っ越しをさせるのも共通しています。“家賃は払う”が決まり文句です。前田は決まった住居がなくホテルを転々としていたので、一ヵ月のホテル代と家賃を比べたら、家賃の方がはるかに安いと考えたのでしょう。ただ、その家賃もすぐに払わなくなります」

 同時期に複数人の女性を騙すため、バレないことが肝心になるが、前田被告はそれについても工夫を凝らしていた。デートでは同じ場所に行き、同じ映画を見るというのだ。「いろんな女性と何度も同じ場所に行き、同じ映画を見ていることになりますが、違う思い出話をして“浮気”がバレることがないようにしていたようです」とAさんは解説する。

 さらに「ロングヘアの女性に対しては“ショートヘアが好きだから”と言って髪を切らせます。なぜかというと、車に髪の毛が落ちていても“従業員と一緒だった”と言い訳しやすいからです」と、徹底的に“他の女性の影”が見えないように行動していたという。インターネットを検索すると、被害者からの注意喚起の情報がヒットするが、これを見越してか、前田被告は“ストーカーがいて自分の嘘の情報がインターネットにアップされている”などと、女性たちに告げてもいた。

 加えて、ドライブでハンドルを握る前田被告は「やたらと安全運転だった」ともいう。

<姫と楽しいデートしてるのに、ここで事故して、無駄な時間使いたくないやん>

 そんなふうに言われ、Aさんは“自分が大事にされている”と思っていたのだが、実際のところ、前田被告は無免許だったのだった。それゆえの安全運転だった……、とAさんは後から知った。

「家族に被害を打ち明けられない既婚者の女性を狙うことも多いです。一審の公判で前田は“最初は恋愛目的で女性に近づいたが、途中から詐欺になってしまった”と述べていましたが、これだけ多くの女性を騙しておいて、そんな嘘を並べる姿に呆れました」

 前田被告は判決を不服として福岡高裁に控訴している。

高橋ユキ(たかはし・ゆき)
ノンフィクションライター。福岡県出身。2006年『霞っ子クラブ 娘たちの裁判傍聴記』でデビュー。裁判傍聴を中心に事件記事を執筆。著書に『木嶋佳苗 危険な愛の奥義』『木嶋佳苗劇場』(共著)、『つけびの村 噂が5人を殺したのか?』、『逃げるが勝ち 脱走犯たちの告白』など。

デイリー新潮編集部

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