「親を恨んでいる様子はないけど…」 子ども二人を高校中退させた横尾忠則が最近見る「謎の夢」とは?

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 最近というか、以前からですが、ちょくちょく見る夢があります。その夢は高校三年になった時に急に学校を中退したいと思うようになる夢です。その時の僕は現在の僕ではなく、高三時代の僕です。あと一年で卒業できるのですが、それ以前に中退すると面白いだろうなあ、と思うのです。別に学校が嫌いで止(や)めるわけではありません。授業や試験が無駄に思えていたのは確かです。

 そこで突然退校届けを出すと、先生はきっと驚ろくだろうなあ、またクラスメートは「何んで?」とびっくりするだろうなあと想像して、もう胸がわくわく、ときめいてくるのです。つまり学校が嫌で止めるのではなく、僕の突然の行動にきっと、みんな驚ろく、そして、自分もそうしたいなあ、と思うのではないかと、まるで、起こした自分の行動の波及効果を試したいと思っているのです。

 これって一体どういう心理なんでしょう。学校教育に対する異議申し立てで、ちょっとしたスキャンダルを起こしてみたい、現実をフィクション化して面白がりたいという、かなり幼児的な精神(インファンティリズム)からきているのでしょうか。こんなたわいないことを起こすことで、ちょっとしたスキャンダラスな主人公になってクラスメートから注目されたがっているのかも知れません。

 この夢は、現実的に僕の願望であったかも知れませんが実際に行動に移すほど深刻な問題ではなかったのです。この夢を見るようになったのは、ここ数年の間で、高校在学中には見た記憶はありませんが、どうして、このような夢を度々見るのでしょうか。悪夢的な夢を見ることはありますが、この中退夢は、愉快夢といっていいほど、夢の中で興奮してわくわくしているのです。何んというか、この夢を見ている最中は、心がウキウキして、不思議に魂が浄化された気分になって、目の前がパッと開けるのです。

 それにしても、なぜ、人生の末期にこのような夢を見るのでしょうか。一度や二度ではなく、度重なって見るのです。多分、今後も何度か見ることになると思います。それにしてもこの夢の浄化作用はいったい何んなんでしょうか。高校時代の無意識な願望が今ごろ再現するのかどうか、わかりませんが──。

 そしてこの夢とある現実的な出来事がリンクしているとも思えるようなことがあるのです。僕には長男と長女の二人を高校在学中に、中退させてしまったという事実があります。まあ二人共、学校がそんなに好きでないように見えたので、もしかしたら学校から解放してやれば、どんなに喜ぶことだろうかと考えたのです。そして妻にも相談しないまま、僕と学校との間に教育方針のズレを感じたことを理由にほとんど衝動的に、「じゃ、今日限り、子供を学校から解放させてやります」と言って、高校を中退させてしまいました。

 果して子供はこのことをどう理解したかは聞いたことがないけれど、少なくとも僕はある種の解放感を経験しました。この現実は僕の中退夢より、うんと以前のことなので、僕の夢との間に何か特別の因果関係があるとは思えません。僕の願望が果して子供と共有されたかどうかはわかりませんが、子供は突然、親の意志によって社会に放り出されてしまったのです。子供にとっては偶発的、というか衝動的に高校を中退させられてしまったわけですが、別に親の僕に責任を取ってくれとはいいませんでした。僕の友人のつてによって、社会人への第一歩の、なんらかの援助はできたかなと思っていますが、それ以後は、二人とも自力で自律の方向を目差したように思います。

 僕のような親を選択してこの世に生誕した子供にはそれ相応の運命が待ち受けていたと思います。子供と親はDNAによって結ばれていると考えていますが魂の出生地は親と別々であると思っています。子供は親の分身であると同時に自律した魂の存在者で、どちらがエライかどうかはわかりません。

 僕の中退の夢が先きで、子供を中退させた現実があとであれば、つじつまが合うのですけれど、どうも現実が先行した後に僕の夢が追っかけてきたということは、予知夢ではなく、夢が現実をなぞった、デジャブということになります。まあ、それにしても現実と夢は分離された存在ではなく、家族同様どこかでカタく結びついているように思います。子供のために退学させたというより、何か社会に反抗してみたいという僕の芸術行為によってこんな行動に走ってしまったのかも知れません。そして「解放された!」と喜んでいるのは子供ではなく、この僕ですからね。子供は運命のいたずらに、キョトンとしているだけですが、中退させられたことで、親を恨んでいる様子もありません。皆様にはこんな愚行はおすすめしませんが……。

横尾忠則(よこお・ただのり)
1936年、兵庫県西脇市生まれ。ニューヨーク近代美術館をはじめ国内外の美術館で個展開催。小説『ぶるうらんど』で泉鏡花文学賞。2015年第27回高松宮殿下記念世界文化賞。20年東京都名誉都民顕彰。22年度日本芸術院会員。

週刊新潮 2023年10月5日号掲載

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