現役大統領として初めてストに参加…バイデン政権の労組重視の裏に「AI失業」という難題
テクノロジー向上で平均賃金は上がるのか、下がるのか
UAWは「電気自動車(EV)の生産拡大による雇用の喪失」を懸念しているが、米国全体では「人工知能(AI)の普及による雇用喪失」の方が労組の関心事だ。
米国では「AI失業」が現実味を増している。今年8月末までにAIが理由の人員削減は全米で約4000人に上っており、IBMはリスキリング(学び直し)の機会を提供し、配置転換を加速しているという(9月24日付日本経済新聞)。
経済学の分野では「新たなテクノロジー(技術)は人間を豊かにする」が常識だ。だが、『国家はなぜ衰退するのか:権力・繁栄・貧困の起源』(早川書房)などで知られる米マサチューセッツ工科大学(MIT)のダロン・アセモグル教授は、サイモン・ジョンソン氏との共著『Power and Progress: Our Thousand-Year Struggle Over Technology and Prosperity(原題)』で「この常識は常にあてはまるとは限らない」と疑問を投げかけている。
アセモグル氏らは「多くの人々に損失をもたらしたテクノロジーが少なからず存在した」と主張する。その最たる例は、工業化が始まって以来、最も重要な技術革新であるオートメーション(自動化)だ。AIもオートメーションの一種となる。
現在の主流派経済理論は「テクノロジーが向上すれば平均賃金は上がり、労働者も豊かになる」としているが、アセモグル氏らは「離職させられた労働者に対して新しい仕事や役割を与えなければ、オートメーションによって雇用と賃金は減少する」と反論する。
資本の収益ばかりが増大…米政界も問題視する動き
1970年代以降、労働組合の弱体化した米国では、新たなテクノロジーの導入により生産性が向上しても、労働者は増えた富の恩恵にあずかることはほとんどなく、雇用の危機に怯える労働者を尻目に資本の収益ばかりが増大する状態が続いている。
このような認識は米国社会では当たり前になっているが、ノーベル経済学賞候補と言われるアセモグル氏が労組介入の必要性などを主張したことは画期的なことだったと言える。
そのせいだろうか、米国の政界でも経済に対する見方に変化が生じているようだ。
米国では「民間部門が公的部門より力を持つほど望ましい」とする、いわゆる「レーガノミクス」が経済思想の根幹をなしてきた。だが、9月10日付フィナンシャル・タイムズ(FT)は「レーガノミクスの終焉か」と題する論説記事で、「共和党内でも大企業の台頭を問題視し始めており、大企業から中小企業や家計に恩恵が広がるという『トリクルダウン理論』の支持が急速に減っている」と主張する。
FTはさらに「ポストレーガン 右派の動きは芽生え始めたところだが、後になって振り返ってみれば『今回の大統領選挙の時期は米国にとって大きな転換点だった』と言うことになる」と予測している。
FTの見立てが正しいとすれば、バイデン政権の労組重視は、今後米国で生じる経済政策の大転換の兆しなのではないだろうか。