沖雅也 衝撃の死から40年「おやじ、涅槃で待つ」と言い遺した名優の人間性とは
義父との複雑な関係
ここで彼の経歴について振り返ってみよう。
1952(昭和27)年、大分県別府市出身。高校1年のときに家庭内の不和から家出し、上京。ラーメン屋の店員、カステラ工場の発送係などの職を転々とした。勤め先のバーでファッション関係の客にスカウトされ、モデルを経て1968(昭和43)年に日活ニューフェイスとしてデビュー。
初出演の映画は、同期生の丘みつ子(75)と共演した「ある少女の告白 純潔」(監督・森永健次郎[1909~1994])だった。
その後は順風満帆だった。長身でクールなマスクのハードボイルド派の俳優として売れっ子に。前述の通り、朝日放送の「必殺」シリーズでも活躍している。一方で親から「学校だけは大切」と言われたのだろうか、通信教育で高校は卒業している。
沖の死については、義父(H氏)との関係が何かと取りざたされてきた。スキャンダラスにいまもネット上でさまざまな説が流れている。ただし、ここでは義父との関係については深く干渉するのはよそう。
義父は実業家として悠々自適の暮らしの日々を続けていたが、新宿2丁目で経営していた店は不況の荒波を受けて閉店。カネにまつわるトラブルも何かと多かったらしい。
2008年9月24日。朝日新聞夕刊社会面に小さなベタ記事が載った。虚偽の退職金名目で現金150万円を脅し取ったとして、H氏が暴力団組員とともに恐喝容疑などで警視庁大崎署に逮捕されたという記事である。同署によると、H氏らは以前に勤務していた品川区の自営業の女性を脅迫。「給料3カ月分を補償しろ」などと詰め寄り、計150万円を脅し取った疑いがあるという。
H氏は懲役刑が確定したが、覚醒剤の所持・使用をめぐっても逮捕されている。2015年2月にひっそりと亡くなった。
普通の人の倍のスピードで生きた
沖の話に戻る。
見かけによらず、盆栽が趣味だったという。内面の美しさを引き出したいと思っていたのだろうか。やはり何かと思い詰めてしまうタイプだったのだろうか。
ところで、遺書に「涅槃で待つ」とあったが、涅槃とはどういう意味があるのだろう。
広辞苑によると「煩悩をなくして絶対的な静寂に達した状態。仏教における理想の境地」とある。この言葉を使った沖は、どんな心境だったのだろうか。弱肉強食の芸能界。カネ、名誉、欲にまみれ、暗黙の了解で事が進んだケースも多かっただろう。
タブーに対して「それは間違っている」と正論を唱えられないこともあったに違いない。元来まっすぐな性格の沖は、芸能界になじむことがなかなかできなかったのだろう。だが、身近な人で相談に乗ってくれる人はいなかったのか。
沖と親しかった友人は、その死について「普通の人の倍のスピードで生きていたので、疲れてしまったのだろう」と話した。
私は本欄で以前書いた芸人のポール牧(1941~2005)と牧伸二(1934~2013)のことを思い起こす。2人とも身を投げて、自らの命を絶った。2人とも根はとても真面目で、芸に取り組む姿勢も真剣だった。芸能界の良いところも悪いところも、全部吸い取ってしまった。だから大変だったというか、すごく消耗するというか、疲れてしまったのではないだろうか。
沖も研ぎ澄まされていて繊細な神経の持ち主だったに違いない。ギリギリ紙一重のところで、あちらの世界に逝ってしまった。才気あふれる役者だっただけに、その死は惜しまれて仕方がない。
次回は、ビートたけし(76)の師匠・深見千三郎(1923~1983)。Netflixのドラマ「浅草キッド」で大泉洋(50)が演じた「伝説の浅草芸人」である。スピード感あふれる強烈な突っ込みと毒舌。若きたけしに自分の後継者を見出し、芸のすべてを教え込んだという。一人暮らしをしていた浅草のアパートで火事に遭い、焼死してから40年になる。
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