【王座戦】藤井聡太七冠が土壇場で大逆転 「エアポケットに入ってしまった」永瀬拓矢王座がまさかの失着

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まさかの「4一飛」打ちの守り

 永瀬のリードが広がり、勝利は間違いないと思われた場面、藤井は65手目に「2一飛」と打ち込み、「5一」にいた永瀬の玉に王手をかけた。

 直前までABEMAのAI(人工知能)の予想では、藤井の勝率はわずか2%だった。「3二」には永瀬の守り駒の金がいる。この筋には永瀬の歩がなく、禁じ手の「二歩」にもならない。AIの予想手の第1候補は「3一歩」。筆者もこの手で間違いないと思った。これは自陣の金の下に歩を打つ「底歩」という手で、飛車の横効きに対する「守りの常道」である。

 ところが、永瀬は「4一飛」と飛車で合わせてしまった。この手では飛車で交換に来られてまた何をされるかわからない大きなリスクを残してしまう。ましてや永瀬の玉は、自分の銀で逃げ道をふさいでしまう「壁銀」の状態になっていた。

 ABEMAで解説していた深浦康市九段(51)と村田六段は「えっ。あれっ、えっ、どうして、えっ」ともはや言葉を失った様子。落ち着くと深浦九段は「ひっくり返されましたね。(藤井の)『5六』の角もよく効いているし」と話した。とはいえ、2人とも驚きのあまり解説のしようがないという感じだった。

 土壇場での永瀬の「失着」で、あっという間にABEMAの勝率予想が逆転した。風前の灯火だった藤井が、一挙に攻勢に出る。そして81手目、「3三」の桂の前に歩を打たれた永瀬は、あまり時間をおかず投了した。

永瀬自身の分析は?

 今回の永瀬の失着は、プロはもちろん素人が見てもわかる。ファンから「軍曹」と呼ばれる生真面目な永瀬らしからぬ一手だった。「1分将棋」の秒読みに追われていたとはいえ、全く慌てる場面ではなかったはず。いわゆる「魔が差す」とはこのことか。

 何が影響したのか、もちろんさっぱりわからない。これまで勝負所での午後のおやつは、藤井は飲み物だけで、相手はスイーツを注文することが多かった。それが今回、永瀬は飲み物のみで、藤井はケーキも注文した。藤井のケーキが思わぬ「僥倖」(藤井が中学生時代に使った言葉)をもたらしたのか……などとつまらぬことまで考えてしまう。

 思わぬ他力本願で土壇場の大逆転が転がり込んだ藤井は、間違っても「失着でびっくりした」などとは言わない。しかし、仲の良い研究仲間による考えられないほどの歴史的な失着に、内心では相当に驚き、混乱もしただろう。もちろん持ち時間を使い切っての「1分将棋」は、タイトル戦だけにあるわけではない。永瀬はいくらも経験してきたはず。それでもやはり、秒読み将棋は怖いことを改めてこの一局で痛感した。

 永瀬は「『3一歩』が第一感でしたが、エアポケットに入ってしまった。対応がうまくできなかったと思います」などと振り返り、局後も冷静に報道対応や大盤解説場でファンに挨拶していたが、その内心はいかがだったのか。エアポケットとはいったい何だったのか。いつか訊いてみたい。

 第4局は10月11日に京都府京都市の「ウェスティン都ホテル京都」で行われる。先手番となる永瀬が今回のショックを克服して巻き返せるか。とはいえ、今回の思わぬ流れから言っても、藤井の前人未到の八冠がかなり高くなってきたことは間違いない。さらに藤井は、早くも10月6日に東京で、小学生時代からのライバル伊藤匠七段(20)の挑戦を受ける竜王戦七番勝負(主催:読売新聞社)の第1局が始まる。

粟野仁雄(あわの・まさお)
ジャーナリスト。1956年、兵庫県生まれ。大阪大学文学部を卒業。2001年まで共同通信記者。著書に「サハリンに残されて」(三一書房)、「警察の犯罪――鹿児島県警・志布志事件」(ワック)、「検察に、殺される」(ベスト新書)、「ルポ 原発難民」(潮出版社)、「アスベスト禍」(集英社新書)など。

デイリー新潮編集部

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