韓国の“持病”内輪もめが始まった ハンストで抗った野党代表、「監獄送り」を狙う尹錫悦

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「民主主義の死に方」を持ちだす

――左派はどう反撃する?

鈴置:左派系メディアは毎日のように反撃を試みています。ただ、「各論」で議論しても勝ちにくい。李在明氏の起訴にしろ、フェイクニュースへの課徴金にしろ、選挙管理委員会の摘発にしろ、尹錫悦政権はこれまでないがしろにされていた法律を厳格に適用しているだけなのですから。

 そこで左派は「尹錫悦大統領は民主主義に必須の寛容性に欠ける」という理屈で政権批判に乗り出しました。ハンギョレのファン・ジュンボム政治部長が書いた「『民主主義のモデル』韓国を病ませた尹錫悦式『龍山全体主義』」(9月21日、日本語版)が典型です。

 ファン・ジュンボム部長はまず、S・レビツキー(Steven Levitsky)とD・ジブラット(Daniel Ziblatt)の『民主主義の死に方―二極化する政治が招く独裁への道―』に言及しました。

「民主主義を壊すのは今や軍人のクーデターではなく、選挙で選ばれた政権である」「政治的対立が激しくなると、権力は司法やメディアなど中立機関を取り込んで生き残りを図る」と警告した本です。ファン・ジュンボム部長は以下のように説きました。

・著者たちが注目したのは、民主主義の内部からの崩壊だ。彼らは民主主義をガードレールのように守る最も重要な規範として「相互寛容」と「制度的自制」をあげている。
・相互寛容とは「自分と異なる意見も認める政治家の集団意志」のこと。制度的自制とは「持続的な自己規制、節制と忍耐」あるいは「法的権利を慎重に行使する態度」のことだ。簡単に言えば、「寛容」と「自制」は信頼にもとづいて自らが進んで守る「常識」かつ「文化」であるわけだ。その基本が崩れれば民主主義も崩壊するというのが著者たちの主張だ。
・今の韓国の状況が重なる。韓国政治から寛容と自制が消え去って久しい。最高統治者と政権勢力は野党を清算の対象としてみなし、絶えず「前政権のせい」にする。大統領から見ると野党代表は「犯罪被疑者」に過ぎず、ただの一度も「対話の相手」とはなりえていない。

「寛容と自制」を踏みにじったのは左派

――尹錫悦が韓国の民主主義を壊した、と言いたいのですね。

鈴置:事実の指摘としては間違ってはいません。尹錫悦大統領は野党第1党代表の李在明氏と会おうとはしません。犯罪被疑者と会うべきではない、と考えているのでしょう。

 尹錫悦大統領にとって、野党は国家を危機に陥れる憎むべき集団。野党を対話の対象と見なしていないのも、ファン・ジュンボム部長の言う通りです。

――では、「寛容と自制」を呼び掛けるこの記事は広く共感を呼んだ?

鈴置:それは疑問です。「法的権利を慎重に行使する」ことに関してはさほど異論は出ないでしょう。しかし、それはあくまで一般論。李在明氏の無法ぶりは「慎重に行使すべき」範囲を超えている、と多くの韓国人が考えているのです。「李在明氏を捜査するな」というのはさすがに無理筋の主張です。

 そもそも、「民主主義のガードレール」を壊し始めたのは左派の文在寅政権です。拙著『韓国民主政治の自壊』の第2章「あっという間にベネズエラ」が、左翼政権が民主主義を壊す様を克明に描いています。

 検察が政権幹部の捜査に乗り出したら、検事総長を辞めさせる。「存在するが安易に使わない」という不文律が生まれかけていた指揮権を3回も発動する。メディア懲罰法というべき悪法作りに乗り出し、国際世論の批判を見てようやく中断する――。「寛容と自制」にはほど遠い政権でした。

民主主義の死に方』が韓国メディアに引用されるようになったのも、文在寅政権当時からです。左派の民主主義の破壊に危機感を抱いた保守メディアがまず、韓国人にこの本を紹介したのです。

 後世の韓国史家は「民主化を売り物にした左派政権が民主主義を殺し始めた」と書くことでしょう。左派のハンギョレが「民主主義を尹錫悦が殺した」といくら非難しても、共感は呼びにくいのです。

「お前が言うな」

――「お前が言うな」ということですね。保守が言えば説得力があるでしょうに。

鈴置:保守系紙の記者は「国を滅ぼす左派」を指弾するのに忙しく、激しい左右対立が民主主義を壊していくことに警告を発する暇はないようです。

 ただ、保守言論界のレジェンドである朝鮮日報の姜天錫(カン・チョンソク)顧問が興味深い記事を書きました。「【姜天錫コラム】『尹錫悦保有政党』と『李在明保有政党』」(9月9日、韓国語版)です。

 11段落あるうち、10段落を「李在明が政治を壊した」との批判に割いています。李在明氏は検察の逮捕から逃れるために国会議員になって野党第1党の代表の座を確保した。その結果、野党第1党は過半数の議席を持つにもかかわらず、自ら信じる政策・法案の実現よりも、党代表の防衛に全力を挙げざるを得なくなった。一方、野党の自爆に期待して与党も反省を怠るようになった……。

 1人の政治家がここまで政治を壊せるものなのか、と読者に思わせるよう、淡々と事実を並べています。ところが、最後の1段落になって突然、話題が変わるのです。全訳します。

・現在、与党側が歩む道は本当に多数になろうという道なのか。李承晩大統領と朴正煕大統領は一度も政治路線で純血主義を主張したことはない。2人の大統領は自然と同様に政治でも雑種が純血種よりも生命力が強いということを知っており、その土台の上に国を建て、富強を目指した。

・歴史はドイツと日本が純血[主義]に傾いた瞬間、国をも傾けたという事実を記録に残した。正義の戦争も終わりが見えなければ国民を疲れさせる。疲れた国民を振り返る時だ。

 見出し以外、どこにも「尹錫悦」という単語は入っていませんが、韓国人が読めば、尹錫悦大統領のかたくなな政治姿勢を批判していると分かります。「純血主義」とは自分の意見と少しでも異なる者は敵と見なし排除する、との意味でしょう。

 姜天錫・顧問はこのまま行けば、韓国は内戦状態に陥る、との危惧も持っているようです。第1段落と第2段落に以下のくだりがあります。「戦争の中で一番恐ろしい戦争は『終わりが見えない戦争』だ」「他国と繰り広げる戦争よりも残酷なのは内戦だ」。

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