韓国の“持病”内輪もめが始まった ハンストで抗った野党代表、「監獄送り」を狙う尹錫悦
内戦だった光州事件
――韓国の左右対立は珍しくもない……。
鈴置:日本にはそんな身も蓋もない見方をする人が多い。たしかに韓国は「内紛の国」です。初代の李承晩(イ・スンマン)氏から朴槿恵(パク・クネ)氏まで、実質的な権限を持った大統領すべてが退任後に不名誉な境遇に陥っています。
「韓国歴代大統領の末路」を見れば一目瞭然ですが、亡命するか暗殺されるか、監獄に送られるか自殺するか。一番「幸せ」なケースでも子息が逮捕されました。
ただ今回は、逮捕されかかったのは「次期大統領候補」でした。「前大統領の逮捕」と比べ、政争に与える衝撃ははるかに大きい。大統領候補を失う野党は「窮鼠猫を噛む」状態に陥って死に物狂いで抵抗、国が大きく揺れるからです。
李在明氏が逮捕されれば、43年ぶりとなるところでした。朴正煕(パク・チョンヒ)大統領の暗殺後、軍部が実質的に権力を握った1980年5月、民主化運動を指導し次の大統領を狙っていた金大中(キム・デジュン)氏や金泳三(キム・ヨンサム)氏が逮捕されました。
銃を手にした全羅南道(チョルラナムド)の光州(クァンジュ)市民と軍が衝突、双方に多数の死傷者を出した光州事件(1980年5月)も、金大中氏の逮捕が引き金でした。全羅道(チョルラド)では金大中氏は郷土の輝ける英雄だったからです。光州事件は事件というより、市民戦争――内戦だったのです。
李在明氏は2022年3月の大統領選挙で現大統領の尹錫悦氏と争い、僅差で負けました。しかし、6月の国会議員補欠選挙に出馬して当選。直ちに「共に民主党」の代表に就任し、主流派を形成しました。
要は敗北後、直ちに5年後の大統領選挙に再出馬する構えを見せたのです。「共に民主党」はほかに有力な政治家が見当たりません。「李在明逮捕」は野党の次期大統領候補潰し――保守の政権延命のための必殺技と、左派は見なしたのです。
新たな大法院長で攻防
――尹錫悦政権側の完敗ということでしょうか?
鈴置:野党側も傷を負いました。「共に民主党」は分裂の危機に瀕しています。主流派とすれば、造反派を放置するわけにもいかない。造反派も李在明氏が党の代表を続ける限り、来年4月の総選挙で党から公認は貰えないでしょう。袂を分かつ可能性が大きい。それに李在明氏は逮捕は免れましたが、起訴され有罪となる可能性は残っているのです。
文在寅(ムン・ジェイン)政権が任命した大法院長(最高裁長官)である金命洙(キム・ミョンス)氏が9月22日に6年の任期を終え引退しました。金命洙院長時代、下級審でも左派に有利な判決が目立ちました。左派政権に不利な判決を下す裁判官に対し、金命洙院長が人事で冷遇したからと言われます。
尹錫悦政権は後継者にソウル高裁部長判事だった李均龍(イ・ギュンヨン)氏を指名しました。左派メディアは保守的性向の判事と評しています。韓国では裁判所の左傾化に歯止めがかかると見られています。このため「共に民主党」は国会で新しい大法院長の任命案に反対する模様で、当分は空席となる見込みです。
「李在明逮捕」には失敗しましたが、尹錫悦政権は李在明起訴も念頭に司法の「正常化」に全力を挙げるでしょう。
左派のフェイクニュースを退治
――司法から左派政権の「残滓」を取り除くわけですね。
鈴置:司法に留まりません。尹錫悦政権は「正常化」を社会の各方面で進めています。フェイクニュースを流したメディアへの制裁、選挙管理委員会の採用不正の摘発、出退勤時のデモ禁止などです。
9月25日、2022年の大統領選挙でフェイクニュースを流したとして放送通信審議委員会は地上波のKBSと、CATVのJTBC、YTNに課徴金を課しました。
李在明氏が今回起訴された事件のひとつ、都市開発事業の不正疑惑で「当時検事だった尹錫悦氏も関与していた」という根も葉もない話を投票日直前にこれらメディアは流したのです。
僅差での当選でしたから、このフェーク報道がもう少し浸透していれば「李在明大統領」が誕生していたかもしれません。尹錫悦政権はこの記事を報じた記者らの刑事責任も問う構えです。
韓国の放送局は左傾化が著しい。保守政権とすれば、左派も文句の付けようがないフェイクニュースの摘発をテコに、テレビ局の「正常化」を図る作戦でしょう。
反政府デモも規制へ
9月22日、検察は選挙管理委員会の情実採用の捜査に乗り出しました。大量の職員の子弟を優先的に採用させているとの告発を受けての捜査です。
これも尹錫悦政権の「正常化」の一環です。選挙管理委員会も左派の巣となっていて2022年の大統領選挙の際、李在明候補に有利な取り計らいをしたと保守は不満を強めていました。
韓悳洙(ハン・ドクス)首相は9月21日、集会やデモを規制する法案を発議すると発表しました。具体的には午前零時から同6時までは全面禁止するほか、通勤時間帯での主要道路での集会・デモへの許可基準の明確化などです。
深夜の騒音や交通渋滞を防ぐため、と説明していますが、左派の大規模集会・デモを抑制する狙いであるのは明白です。大衆動員をかけて保守政権を追い込む、というのが左派の常套手段です。
今後、左右対立が激化すると政権側も十分に認識し、デモ対策に出たわけです。もちろん、左派政権当時に不法デモがまかり通っていた無法状態を「正常化」するためでもあるのでしょうが。
「正常化」の極め付きが、文在寅前大統領の逮捕です。検察は北朝鮮との不法なつながりを捜査中とされます。ころ合いを図って「文在寅逮捕」カードが切られると、期待半ばに語る韓国の保守が多いのです。
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