「らんまん」は朝ドラの王道ではなかった 槙野万太郎が果たした役割に重要な意味

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丈之助のモデルは坪内逍遙

 東大文学部に通っていた十徳長屋の落ちこぼれ学生・堀井丈之助(山脇辰哉、26)は、早稲田大に演劇博物館をつくりたいという構想を万太郎に語った(129話)。丈之助は早大教授になっていた。モデルは噂されていた通り、坪内逍遥だろう。早大には「早稲田大学坪内博士記念演劇博物館」がある。

 牧野博士と坪内は同い年で、友人関係にあった。また、丈之助と坪内はどちらもシェークスピアを研究した。丈之助は遊郭の女性に恋したが、坪内の妻も根津の遊廓で働いていた。

 最終盤で丈之助のモデルが坪内であることをはっきりさせたのは、早稲田大学第一文学部卒の長田氏の洒落っ気か。丈之助は自堕落だったが、万太郎や藤丸、波多野との交流が始まった以降は変わった。

「俺も万ちゃん見ていたら、思いついたことがあるよ。シェークスピアって戯作者がいるのよ。そのシェークスピアさんは生涯に37作品も残しているのよ。その全作品、俺が翻訳したらどうかなーって」(丈之助、53話)

 坪内もシェークスピア作品のすべてを翻訳している。

変わらない万太郎と変わってゆく周囲

 万太郎の妻・寿恵子も、懸命に生きたのは言うまでもない。稼ぎのなかった万太郎と子供たちを養ったが、愚痴1つ言わなかった。

 万太郎と結婚する前の30話、寿恵子が滝沢馬琴の冒険活劇『南総里見八犬伝』の熱烈な愛読者であることが明かされた。それは寿恵子が冒険好きであることを表すためだった。

 だから、資産家の高藤雅修(伊礼彼方、41)から求められようが、その妾の座を選ぶはずがなかった。日本中の植物を載せた図鑑を個人で刊行するという突拍子もない夢を持つ万太郎と結ばれるのは自然の成り行きだった(55話)。

「あなたと一緒に並んで走るのは、大冒険です。私、あなたが好きなんです」(寿恵子、56話)

 根津の和菓子屋「白梅堂」のお嬢さんだった寿恵子が、渋谷で待合茶屋「山桃」を切り盛りするようになった(116話)。すべては万太郎の夢を実現させたいという思いから。寿恵子も万太郎によって随分と変わった。

 もちろん万太郎も懸命だった。そして優しかった。十徳長屋の倉木隼人(大東駿介)が盗んだ自分のトランクを100円(現在の約200万円相当)で買い取った後、倉木の息子が発熱して苦しんでいると、「熱いのう、しんどいのう、心配いらんき」と励ました。医者代まで出した(28話)。

 彰義隊の生き残りで、世を拗ねていた倉木だが、やはり万太郎との出会いから変わる。やがて運送会社に就職した(96話)。

 万太郎は変わらなかったが、万太郎と出会った多くの人たちが変わってゆく物語だった。座標軸の万太郎は触媒の役目も果たした。

高堀冬彦(たかほり・ふゆひこ)
放送コラムニスト、ジャーナリスト。大学時代は放送局の学生AD。1990年のスポーツニッポン新聞社入社後は放送記者クラブに所属し、文化社会部記者と同専門委員として放送界のニュース全般やドラマレビュー、各局関係者や出演者のインタビューを書く。2010年の退社後は毎日新聞出版社「サンデー毎日」の編集次長などを務め、2019年に独立。

デイリー新潮編集部

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