「らんまん」は朝ドラの王道ではなかった 槙野万太郎が果たした役割に重要な意味

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とても心優しく、魅力的だった藤丸

 万太郎と藤丸の出会いの場は東京大学植物学教室。万太郎は出入りの許可を求めて教室に出向いたが、小学校中退の学歴が祟り、反対の声が大半だった。一方、藤丸は歴とした東大生。それでも藤丸は最初から学歴や立場の差を気にしなかった(33話)。

 藤丸はウサギを愛する穏やかな男で、競争を嫌った。要領が悪く、英語の講義などに苦戦したことなどから、中退を考えたこともある。

「どんなに研究したって明日すべて無駄になるかもしれない。新種発表とか名付けとか、そんな争いはしたくない」(藤丸、76話)

 おそらく、世知辛い現代社会では負け組扱いされてしまうだろう。ただし、とても心優しい。

 学生ではなく、学歴もなかった万太郎が、教室で孤立せずに済んだのは藤丸、同じく東大生・波多野泰久(前原滉、30)の存在があったから。その上、万太郎と藤丸の関係は一時的なものや上辺だけのものでなかった。

 酵母菌の研究を始めた藤丸は万太郎の義兄になった竹雄らの酒造りに協力する。竹雄らが静岡県沼津の酒蔵を買い取り、移り住む時には藤丸も同行した(120話)。藤丸も万太郎の笑顔に魅せられ、竹雄の人柄にも惹かれたのだろう。

 藤丸のモデルは『日本菌類図説』を書いた菌類学者の田中延次郎と目されている。田中は藤丸と同じく、酒問屋に生まれ、変形菌を研究した。だが、妻が他界した後、心を病んでしまい、間もなく自分も亡くなった。

 長田氏は特に藤丸に思い入れがあったのではないか。魅力的な人物だった。現代社会では負け組と言われてしまうかも知れないが、こういう人物がいなくなったら、世の中は生きづらくなる。

田邊もまた、懸命に生きていた

 東大植物学教室の教授・田邊彰久(要潤、42)は、周囲の反対をよそに万太郎の教室への出入りを許した(33話)。

「権威を振りかざして門戸を閉じるより一刻も早く研究の場を作り出すことだ。君を歓迎する」(田邊、33話)

 しかし、最も権威的だったのは田邊だった。万太郎の教室への出入りを禁止する。万太郎の書いた「ムジナモ」の論文に助言者である自分の名前がなかったからだ(85話)。

「ミスター槙野、君は自分の手柄だけを誇っているのか」(田邊、85話)

 田邊は格下扱いしていた万太郎の能力に気づくと、嫉妬する。万太郎が思い通りにならないことが分かると、憎悪した。田邊はスマートに振る舞い、エリート然としていたが、人間臭い男だった。その本性が万太郎との出会いによって露わになった。

 田邊は後ろ盾だった文部大臣・森有礼(橋本さとし、57)が暗殺されたこともあり、東大動物学教授・美作秀吉(山本浩司、49)との権力闘争に敗れ、大学を追われた(100話)。すると、憑き物が落ちたように優しくなり、妻の聡子(中田青渚、23)と娘を連れ、神奈川・鎌倉海岸に遊びに行く。だが、遊泳中に溺死した(101話)。

 田邊は美作に敗れたわけではなく、自分自身に負けた。田邊の友人は1人として登場していない。学内に胸襟を開いて話す相手もいなかった。ずっと張り詰めていた。これでは破綻が目に見えている。それでも観る側が田邊を憎めなかったのは、やはり懸命に生きていたからだ。

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