「らんまん」万太郎がダメ夫なのに女性から総スカンにならないワケ 117話の痛快な名シーンを振り返る
知能と忍耐力が備わって生まれ変わることができるなら、研究者になってみたい。ひとつのことに没頭して一生を捧げられたら、どんなに楽しいだろうか。でも研究者は実は負けず嫌いで好戦的。研究を続けるためには発見や成果が必要で、地位や名誉や派閥の争い事が絶えないものだと朝ドラ「らんまん」で教わった。
植物への愛情と探求心と好奇心は人並外れていても、学歴がない主人公・槙野万太郎(神木隆之介)は、東京大学植物学教室で辛酸なめまくり。秀でた観察力と画力、植物への熱意と知識で認められるものの、田邊教授(いけ好かないインテリがしっくりの要潤)の男の嫉妬と権威主義に阻まれる。田邊の失墜&死去で、学内は新たな体制になるも、世界の植物学は万太郎が求めるものとは異なる方向へ。万太郎は新種を発見して名付けたい、日本中の植物を網羅した図鑑を作りたい欲は強いが、決して地位や権力が欲しいわけではない。純粋で報われない天才の物語だが、めっぽう明るい。「ふがいなくても愛おしい、全人類の息子キャラ」を確立した神木ならでは、とも。
万太郎はもともと造り酒屋の長男坊で、お金を湯水のごとく使ってきたが、放蕩時代は前半のみ。貧乏長屋暮らしで、強く優しく賢い妻・寿恵子(浜辺美波)にどっしり支えられてきた。天性の人たらしの才もあり、大学の友人や貧乏長屋の面々、石版印刷所の人々もまるっと味方に。報われないけれど救われている。本来ならこの手の「ふがいない天才」「天性の人たらし」「妻がいなけりゃ生活破綻」は、ダメ夫として女性に総スカンのはずだが、そうなってはいない。なぜか。一見、周囲に救われているようだが、実は逆であると後半でわかる。そう、万太郎は種をまく人なのだ。
田邊教授もさんざん嫌がらせしておきながら、植物学の原点や喜びを万太郎によって気付かされる。東京大学でぼんやりもやもやしていた面々も、万太郎と付き合う中で、探求心やモチベーションを獲得していく。貧乏長屋も活気づき、連帯感と情の交流が深まった。
一番救われたのは、造り酒屋の家業を継いだ姉(佐久間由衣)だ。女というだけで忌み嫌われ、蔑まれた酒造業界。女人禁制の酒蔵に入って怒られたり、火落ち(酒を腐らせてしまう)した責任を負って廃業せざるをえなくなった姉の悔しさや自責の念は想像を絶する。万太郎に喚起され、菌の研究を志す友人・藤丸(前原瑞樹)が、清酒酵母の発見を伝える。醸造のメカニズムが解明されたことで、これまでの根拠のない迷信は払拭されると万太郎が姉に伝えるシーン(117話)、すごくよかった! 姉と番頭の息子・竹雄(志尊淳)に任せっぱなしの長男だったが、万太郎がひたすらに植物学を志した意味が、かいが、そこにあった。朝ドラに必須の「因習と悪しき伝統」の打破に快哉を叫んだよ。
寿恵子も赤貧を経験したからこその商才と交渉力を発揮。家庭内軍師はいよいよ図鑑のスポンサー獲得に乗り出す。万太郎がまいた種が確実に芽吹いていく。