女子レスリング日本勢の躍進 「4年前の悔しさ」を忘れず五輪2連覇を目指す須崎優衣と「カワイイ」マウスピースで初五輪を射止めた鏡優翔
忘れない4年前の悔しさ
前日の中国のゾウ・フェン(周鳳)との準決勝では少しもつれた場面もあったが、須崎は「自分の得点と思ったら相手の得点だった。でも、想定外になっても絶対に勝つと信じてました」などと冷静に振り返った。しかし、いつものような笑顔で、はきはきと語ってくれたが、急に「経験したことない苦しさも……」と涙顔になった。
須崎がここで盛んに口にしたのは「4年前」のことだった。
2018年、当時、早稲田大学に在籍していた須崎は、リオデジャネイロ五輪のチャンピオン・登坂絵莉(2022年引退=30)を圧倒的なスピードで倒し、「東京五輪出場は間違いない」と思われた。
2019年6月の全日本選抜選手権にも優勝。ところが、前年12月の日本選手権王者・入江(現・田中)ゆき(自衛隊=31)とのプレーオフに敗れ、その年9月のヌルスルタン(カザフスタン)での世界選手権に出られなかった。この時点で須崎の五輪出場の可能性はほとんどなかった。だが、たまたま入江が世界選手権で不調だったため、3位に入れずに五輪出場権が取れず、須崎の首の皮一枚が繋がる。そして大逆転で東京五輪の切符を手にしたのだ。
プレーオフで入江に敗れた時、床にうずくまり号泣しながら、元世界王者の吉村祥子コーチ(54)に抱きかかえられるように会場を去った姿が今も筆者の眼に焼き付いている。
「世界チャンピオンとしてパリ五輪に出ることが目標でした。ここ(世界選手権)での悔しさは、ここでしか晴らせない。オリンピックチャンピオンになってもその悔しさはずっと変わらなかった」と須崎は話した。
4度目の世界一となった今もなお「4年前」の悔しさを決して忘れていないことこそが彼女の強さなのだろう。「また日の丸を一番高いところに掲げて、君が代を歌おうと気合が入った」と24歳の須崎はパリを見据えた。いずれにせよ今大会の須崎は、大けがでもしない限りパリ五輪での金メダルは間違いないと思わせる無敵ぶりを見せつけた。
重量級では20年ぶりの優勝
女子76キロ級では鏡が念願の初優勝を飾った。前日には準決勝でキューバの選手をタックルから5対2で破り、パリ五輪の切符を手にしていた。
鏡は「これまでウィニングランのチャンスになると負けていた。頭の中でウィニングランする自分の姿を描いてきた」と話した。それが初めて現実となり、日の丸を背にマットを走る鏡の笑顔がはじけていた。
「今まで見ている景色とは違った。周りがキラキラ輝いて見えた。幸せなウィニングランでした」(鏡)
決勝の相手はキルギスのアイペリ・メデトキジだった。過去にも何度か対戦し、直近の対戦では負けていたが、そんなことが信じられないような試合を展開した。第1ピリオドこそ見合う時間が長かったが、第2ピリオドから鏡が猛攻に転じ、相手の負傷棄権もあって8対0で優勝した。
「最初はどこでタックルに来るのか見てしまったけど、僅差では勝てないと思って攻めた。少ないチャンスからペースがつかめた」(鏡)
骨格的に外国選手に劣る日本人。世界選手権での女子レスリングの最重量級の日本人優勝は20年ぶり。2003年のニューヨーク大会で、72キロ級の浜口京子さん(45)が5度目の優勝を飾った時以来である。
「20年も勝てなかったんだと思うと、これまでの重量級の人の思いを背負ってきたので、実現できてうれしい。日本の重量級はダメだと言われていたけど、そんな壁なら自分が取っ払ってやろうと思っていた」と鏡は力強かった。
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