“国営漫画喫茶”批判で一度は頓挫も…漫画界の巨匠「里中満智子」が訴える「あまねくすべての漫画家の原画を保存したい」
国が管理すべきか、それともコレクターか
――里中先生のお話を伺っていると、施設の整備の必要性を実感します。ただ、国立科学博物館の予算不足の問題が叫ばれているように、国の施設では原画を預かっても管理ができないのではないか、コレクターが所蔵していた方が大切にされるのではないかという意見もあります。
里中:予算不足の国の施設と熱心なコレクター、どちらが作品を愛しているのかといえば、それはコレクターに軍配が上がるでしょう。ただ、安全性でいえば国に勝るものはないのではないでしょうか。コレクターの方が大事になさっていても、公表してくださる気持ちがあるかどうかは人によりますし、死後に引き継いだ人がどう扱うかまではわかりませんから、確実な保管方法ではありません。
――出版社などの民間企業が中心となって管理する案は、どうでしょうか。
里中:出版社は民間企業ですから、膨大な原画を保管することは大きな負担になります。漫画家によっては原画を出版社に預けきりになっている人もいますが、小さい出版社だと「預けられても、保管が大変」という声もあります。倒産したときに差し押さえられて行方がわからなくなったり、中古市場に流出してしまった例もあるんですよ。こんなとき、若くて自分から何も言えない漫画家は泣き寝入りです。どこが主体となり保存するべきなのか、様々な議論を行ってベストな案を探るべきですが、私は現時点では国に勝るものはないと考えます。
漫画家は国から何かされるのが嫌い?
――SNS上などでは、国や自治体が施設を整備することに対して漫画家やアニメーターの間からもネガティブな意見が出ています。なぜ、漫画家から反対意見があがるのでしょうか。
里中:漫画家は体質的に、お上に何かをしてもらうのは好きではありません。私も自分がこうした活動をしていなければ、提案に疑問を抱くかもしれませんから、うやうやしく祭り上げられるのは好きではないという気持ちもよくわかります。漫画家は読者に作品を読んでもらい、その方の心に残ることがすべてですので、権威的なものから遠くありたいという気持ちがあるのだと思いますよ。
――なるほど。その気持ちも理解できますね。
里中:評価が定着している美術や芸術に関しては、文化的な土壌や教養に必要だから残すべきだと言われれば、誰しもが賛同するでしょう。残念ながら、漫画はまだその域には達していないのかもしれません。ただ、私はそれでもいいと思うことがあります。伝統芸能は、もとは大衆娯楽だったものがほとんどですが、国に保護され、伝統が重視されるようになってからなんとなく近寄り難くなりましたよね。
――そういう意味では、漫画は権威にならないほうが文化の広がりという意味ではいいのかもしれませんね。
里中:私は漫画が権威になるのではなく、この先も、子どもがお小遣いで手軽に買える娯楽であって欲しい。だから、批判も結構なことだと思います。とはいえ、日本の文化なのですから、活用に向けたアイディアを出し合うことも大切だと考えます。繰り返しますが、私は漫画の原画の保存に取り組むことは、日本にとってプラスになる事業だと確信しています。ただし、本質は原画そのものを保存するというだけではなく、その原画をもとに作品を広く、長く世に残していく「活用」こそが、作品の生命を永遠に残す道であると考えています。
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