“国営漫画喫茶”批判で一度は頓挫も…漫画界の巨匠「里中満智子」が訴える「あまねくすべての漫画家の原画を保存したい」
今年に入って漫画の原画やアニメのセル画の保存に関する話題が盛り上がりを見せている。5月にはマンガ原画・関連資料の保管を目指す「一般社団法人マンガアーカイブ機構」の設立が発表され、8月14日付の読売新聞は、文化庁が来年度から日本の漫画の原画やアニメのセル画の収集に乗り出すと報じた。
だが、実は2000年代にも、同種の施設の整備が議論されたことがあった。日本漫画家協会理事長を務める里中満智子氏らが推進した「国立メディア芸術総合センター」である。この計画は2009年の民主党政権下で頓挫してしまった。今、漫画の原画の保存に取り組む意義はどこにあるのか。里中氏に話を聞いた。
【画像】「あした輝く」「あすなろ坂」…里中満智子氏が世に送り出した名作の数々を表紙絵で振り返る
「国立メディア芸術総合センター」の真相
――里中先生が推進されていた、おもに漫画の原画の収蔵などを行う「国立メディア芸術総合センター」の計画は、2009年に民主党政権下で頓挫してしまった経緯があります。
里中:国立メディア芸術総合センターは当時、世間の話題を集めました。具体的な案が取りまとめられたのは麻生政権のときですが、実は、アイディアの発端はその数年前、第一次安倍政権の頃までさかのぼります。私が政府の戦略会議に関わっていた縁で、内閣官房の人から「何か政府にお願いごとがあるなら話をしてみては」と後押しされ、漫画の原画の収蔵と管理に取り組んで欲しいと提言しました。この提案が、国立メディア芸術総合センターの原型になっています。
――里中先生の提言が基になっていたのですね。
里中:知的財産戦略会議の場で安倍総理にお会いして、具体的に要望しました。私が訴えた内容はこうです。古い漫画の原稿が劣化していて、特に黎明期の少年少女たちの心を育てた名作がちゃんとした形で読めなくなっていること。有名な作品はデジタル化もされて後世に残ると思いますが、漫画文化を世界に発信するためには黎明期の決して有名ではない作品も後世に残すべきであること。デジタルデータを作成し、100年、200年先の人にも作品を読んでもらえる状態にして欲しいこと。そして、今から始めれば原画が劣化してデータすらとれなくなる状態になる前にギリギリ間に合うので、すべての漫画の原画をデジタルでアーカイブ化して欲しいとお願いしたのです。
あまねくすべての漫画家の原画を収蔵したい
――原画のアーカイブ化はなぜ必要なのでしょうか。
里中:国立国会図書館に行けば昔の雑誌が保管されていますから、アーカイブ化は不要ではないか、と言う人もいました。しかし、昔の雑誌は印刷の質が良くありません。長く書架で保管されている雑誌は紙質も劣化し、印刷が裏移りしているものもありますから、後世に伝えるにふさわしい状態といえるのか疑問なんですね。だからこそ原画をもとにちゃんとしたデータを残し、作品のアーカイブ化を進めるべきなのです。
――博物館が美術品や歴史資料を収集する際、収蔵の対象は学術的な価値や重要度が優先されます。里中先生はそうではなく、あらゆる漫画家の原画を残すべきだと考えたのですね。
里中:はい。あまねくすべての漫画が漫画の歴史を築いていると思うからです。読切を一作だけ残して消えた漫画家の作品も含め、可能な限り原画からデータをとってアーカイブ化し、読者の目に触れられる形で残したいと考えていました。幸いにも安倍総理は私の話に理解を示してくださり、文化庁に予算をつけてもらうことができ、ちばあきお先生や赤塚不二夫先生のご遺族にご協力いただいて原画の保存状態を調査するなど、水面下で様々なことを進めました。
――順調に計画が進んでいたのですね。
里中:福田政権を経て麻生政権になった時、麻生総理が「こういう事業を進めるときは箱があったほうがいい」とおっしゃったのです。私も、箱がないよりはあったほうがいいと思いました。保管と活用が両立できますし、原画の寄贈などの申し出に応えられる拠点になるためです。そして、箱をつくるなら、アニメ制作のスタジオを誘致したいとと思いました。新しいメディアアートということで、アニメやゲームの歴史も残すべきです。時代が流れると昔のゲームが遊べるハードがなくなる恐れがありますから、国が中心となって進める意義があると考えたのです。
[1/4ページ]