「絆會・織田代表」ボディガードの7回忌 3代目弘道会・野内組傘下組織で開かれた法要

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井上組長の逆鱗に

 昨年9月の命日には、当時神戸山口組の本部長で五龍会(本部・札幌市)の青木和重会長と若頭補佐で百八竜会(本部・福井市)の竹本均会長とが楠本組員の殺害現場を訪れ、手を合わせた。これは単なる供養以上の意味を持つ行為だったと見られている。

 というのも、その頃、神戸山口組では池田組と連帯する「2社連合」計画が進行していた。その池田組と絆會とは運命共同体として知られている。つまり結果として池田組を間に挟み、3社が友好関係を結ぶことになるという計画である。

 しかし、織田代表としてはそういった関係になるにあたって、かつて自らをターゲットとした事件について神戸側からの謝罪のようなものを求めたとされる。それを受けての青木会長、竹本会長の行動だったわけだ。

 ところが、この振る舞いが井上組長の逆鱗に触れたという。自分はそんなことは了承していないというのだ。

 2人の会長にとって、この叱責は受け入れがたいものだったようである。結果、井上組長から心が離れてしまった2人は組織を抜ける決意を固めたという。その後、2人には絶縁・破門の処分が下り、青木会長は西川組長と同じ野内組へ、竹本会長は独立組織となった。

きっかけは宅見勝若頭射殺事件

 和解のための第一歩のはずの命日の行動が、内部分裂を一気に進める引き金を引いてしまったのである。

 それにしてもボディガードだのヒットマンだの、いつまでこんなことをしているのか、と一般の感覚なら思うところだろう。ヤクザ映画ならハイライトだろうが、現実世界で何の意味があるのか、と。

 竹垣氏もその点を強調する。

「そもそもボディガードといっても、拳銃すら携帯しなくなってもう随分経ちます。殺された楠本組員も所持していませんでしたよ。そうなったきっかけは1997年8月に起きた5代目山口組の宅見勝若頭射殺事件です」(同)

 この事件後、直参組長らは襲撃を恐れ、ボディガードに拳銃を携帯させるのだが、そこを当局は見逃さなかった。

 1997年9月、司忍若頭補佐のボディガードが拳銃を所持していたとして大阪府警に銃刀法違反の現行犯で逮捕される。この年11月に司若頭補佐も共犯として指名手配された。同様の事案で、桑田兼吉若頭補佐も警視庁に銃刀法違反の現行犯で逮捕されている。

 つまりボディガードが拳銃を持っていれば、ガード対象までもが逮捕されるリスクが高まったのである。

「ボディガードは丸腰で対処しなければならない。だから狙いやすいとも言えますが、ヒットマンの方だって“仕事”を果たせば最低でも無期懲役が待っている時代です。どう考えてもどちらも割に合わないんです。すぐにでも足を洗うべきでしょう」(同)

デイリー新潮編集部

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