「俺がオリンピックってマジかよ」レスリング世界選手権で高谷大地が初の五輪出場権獲得 会見で気になった事が一つだけある

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兄弟2人が五輪選手

 今大会の86キロ級は台頭する石黒峻士(新日本プロレス=26)が選ばれ、惣亮は出場が叶わなかった。二男・惣亮、三男・大地の同時出場こそなかったが、これで兄弟2人が五輪選手となった。そのことを訊かれると、「でも兄は、バタバタしてやっとオリンピックに出てたけど、僕のほうが早くたどり着いたかな」と笑った。

 前日の準決勝では世界戦選手権を連覇している米国の強豪カイル・デイク(32)に4対7で惜しくも敗れたが、この時も悔しがって「ねっ、あれ勝てたでしょ」「クソッ、勝てたですよね」と盛んに報道陣に訴えていた。雄弁なところは兄・惣亮とそっくりだ。

 惣亮は全日本選手権も選抜選手権も出れば優勝という大選手だった。毎年のように世界選手権の代表となり、東京五輪まで3度もオリンピックの代表になっている。2014年の世界選手権での銀メダルが国際大会での唯一の表彰台だったが、大地はいつもそんな兄の背中を追っかけてきた。

 今年、世界選手権からついに姿を消してしまった惣亮は、すでに34歳。「今回、お兄さんは来てないのか」と筆者が訊くと、大地は「日本でぎゃあぎゃあ騒いで応援してくれてますよ」と笑っていた。レスリングでは姉妹や兄弟が同じ進路を選ぶことが多いが、大地は大学までは兄と同じだったが、その後は違う進路を選んだ。偉大な兄を持ちながらも「でも俺は兄とは違うんですよ」といったプライドがちょっぴり覗いていた。

広報の重要さも語る

 記者たちが囲み取材を切り上げようとすると「えっ、もっと(質問)ないんですか」と残念がるあたりも、メディアサービスが旺盛だった惣亮とそっくりだ。

「メディア対応とかはお兄さんに教えてもらったんですか」と聞くと、「やっぱりメディアは一番大事なんで」と嬉しいことを言ってくれる。気がつけばスポーツにおいての広報の重要さも滔々と語り出していた。

 今大会、五輪前年の重要な世界選手権でありながら、日本レスリング協会は予算不足などを理由に、富山英明会長(ロサンゼルス五輪金メダリスト=65)はおろか広報担当も1人も来ていない。予算不足なら自費ででも来る気概はないのが悲しい。選手たちの大活躍とは裏腹に、正直、「こんなことで大丈夫なのか」と不安を感じている。高谷の話は彼らに聞かせたかった。

「最高。本当に人生は変えられるんだと感じた。最後まで戦う選手が勝つ。気持ち良かった。しっかり準備して、いい笑顔でパリの舞台に立ちたい」と高谷は最後に感慨深そうに話した。花の都のマットでは29歳になっている。長い間、兄から多くを学び、そして盗んで成長してきた大器晩成の男の飛躍が楽しみだ。

粟野仁雄(あわの・まさお)
ジャーナリスト。1956年、兵庫県生まれ。大阪大学文学部を卒業。2001年まで共同通信記者。著書に「サハリンに残されて」(三一書房)、「警察の犯罪――鹿児島県警・志布志事件」(ワック)、「検察に、殺される」(ベスト新書)、「ルポ 原発難民」(潮出版社)、「アスベスト禍」(集英社新書)など。

デイリー新潮編集部

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