優勝の岡田監督、夫人が明かす秘話 「チームカラーの腕時計が必需品」「野球の意見を求められることも」
メールで助言
監督自身、球団を離れてもそうした思いを抱いている。早大野球部時代の恩師である石山建一・元監督(81)によれば、
「優勝の翌日、岡田監督へお祝いの電話をかけました。『甲子園で優勝できてよかったね。インタビューもユーモアに富んでいたよ』と伝えたら『いま新幹線で広島へ向かうところです。有難うございます』と喜んでいました。これまで私は、試合で気が付いたことを一方的にメールで送ってきたのですが……」
一例を挙げると、
「3月22日のオープン戦、東京ドームでの巨人戦に招待されました。せっかくだからと試合前の打撃練習も見学したのですが、新人の森下翔太はバットを背に担ぐフォームで、投手が投げてから先端を立てていた。これではインコースを攻められたら振り遅れて差し込まれてしまう。初めから立てる構えにすればよいのではないか──。そんな感想をメールしました」
恩師の助言を実践
森下は2度の2軍降格を経て、7月から一転、上向きに。
「その頃、監督と電話で話す機会がありました。『森下のバットが立ってきたでしょ』と言うので『それならいいね』と話した記憶があります」
メールの返信はなくても、恩師の助言はしっかり聞き入れ、かつ実践していたのである。
「現役を引退して以降、毎年12月には彼を囲んで野球部OBらとゴルフコンペを催しています。そこで私は『もう一遍、岡田に監督をやらせたい』と言い続けてきました。昨年のコンペではすでに監督就任が決まっていたので、『来年は岡田の祝賀ゴルフにしたいね』と、締めのあいさつをしたのです」
“アレ”のその上までつかみ取り、祝賀にいっそうの花を添えられるだろうか。
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