大病を乗り越えた佐野史郎「同じものを見ているようでも、見えているものは違う」 自身初の写真展で覚えた“呼ばれた感覚”とは

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「悔いの残らないように(笑)」カメラを購入

 とはいえ、写真撮影には「体がその場に出向く」という物理的な動きが必要だ。さらに撮影道具となるカメラも。多発性骨髄腫の治療を経て、2021年12月に退院した際、佐野は高額なライカのカメラを購入した。その話に水を向けると「あっ! やばい(笑)」と子どものように首をすくめた。

「多発性骨髄腫だと分かっても腎臓の値がひどくて、腎臓が機能しないことには治療もできない。まずステロイド打って、限りなく値を下げたけど、敗血症になった。もうダメかなと思う瞬間もあったけど乗り越えたんです」

 カメラはそんな自分へのご褒美だ。

「ライカのM10 Rブラックペイントを買いました。ずっと欲しかったものなので、生きているうちに悔いの残らないようにね(笑)。でも妻には、なんで相談しないのかとめちゃめちゃ怒られました。高価なものですから。でも、相談したら駄目と言われるでしょう。カメラ、ギター、模型などを趣味とされる人たちは共感してくれると思います。妻が言うんですよ。『何台も持っているじゃない』って。生産性がないと判断されがちな文化的なものを切り捨てようとする国政じゃないですが(笑)」

 カレンダーのために撮り下ろした作品は、彫刻の森美術館とその姉妹館である美ヶ原高原美術館の展示作品などを撮影したものだ。

 柴田美千里の彫刻「しまうま」は草の上にシマウマの胴体が並んでいる作品だが、佐野はそこから一体だけを映した。「普段は群れで置いてあるそうなんですが、撮影時、他の場所に移動していたそうで、孤独な感じが良かったのかな?」とその理由を語る。また、ガブリエル・ロアールの「幸せをよぶシンフォニー彫刻」は大勢の来館者が行き交う中で撮影されたにもかかわらず、誰も映り込んでいない画面には深い静寂感が漂う。

「ピンホールカメラで撮ると、動いているものが写らないんです。同じものを見ているようでも、見えているものは違う。一瞬と永遠の時間の感覚は同じだと、感じてもらえると嬉しいです」

関口裕子(せきぐち・ゆうこ)
映画ライター、編集者。1990年、株式会社キネマ旬報社に入社。00年、取締役編集長に就任。07年からは、米エンタテインメント業界紙「VARIETY」の日本版編集長に就任。19年からはフリーに。主に映画関係の編集と、評論、コラム、インタビュー、記事を執筆。趣味は、落語、歌舞伎、江戸文化。

デイリー新潮編集部

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