実は日本の「玄関」として機能してきた福井 「何もない」と自虐する福井県の意外な歴史(古市憲寿)

  • ブックマーク

 近頃、福井と縁がある。北陸新幹線の福井開業に合わせたプロモーションにも協力している。上から目線で福井市を褒めたポスターにも出演した。地元の女子高生が、福井駅前に張られていたそのポスターを見ながら「感じ悪いよね」と言って通り過ぎたのを目撃したこともある(向こうは僕に気が付いていない)。

 というわけで本当にプロモーションになっているのかわからないが、8月終わりにも「福井の歴史 ここが面白いPR合戦」というシンポジウムに招かれた。

 さて「福井の歴史」というと何が思い浮かぶだろうか。実は福井には大人気コンテンツがある。恐竜だ。

 福井駅に降り立つと巨大な恐竜のモニュメント(しかも動く)が設置されていて、「恐竜王国福井」をPRしている。実際、『福井県の歴史』(山川出版社)という堅い本まで恐竜に紙幅を割いているし、福井県立大学は「恐竜学部」の2025年開設に向けて準備を進めているという。

 補足しておくと、恐竜は6600万年前に絶滅している。当時、人類はもちろん日本列島も存在しなかった。現在、福井県が位置するエリアも、ユーラシア大陸の一部に過ぎなかった。

 実は福井が恐竜王国を名乗るようになったのはそれほど昔ではない。1982年に白亜紀のワニの化石が見つかったことがきっかけで、多数の恐竜化石の発掘が進んだのだ。自虐的に何もないと言う福井に観光資源が発見されて何よりである。

 地元としても恐竜推しの福井だが、歴史的には面白い場所だ。たとえば6世紀に在位した継体天皇は越前の出身だ(近江説もある)。第26代天皇の継体だが、第15代天皇の5世孫を名乗っている。さすがに系図的に遠すぎるので、皇統断絶やクーデター説もある。

 ただし皇后に迎えたのは24代天皇の娘で、25代天皇のきょうだいの手白香皇女(たしらかのひめみこ)。婿入りのような形にも見える。皇室は先例を重視するから、現代の皇位継承議論でもしばしば注目される。現皇族から血統的に遠い男性の皇位継承も、妻が先帝と近ければ許容されるのではないか、ということだ。

 継体天皇は、海外との交易によっても権力を得たらしい。昭和時代には北陸・山陰地方は「裏日本」と呼ばれもしたが、古来、福井は日本列島の「表玄関」だった。敦賀や三国では、季節風と海流のおかげで海外との交流が盛んだったのだ。

 近代になっても、欧亜国際連絡列車は敦賀を経由した。シベリア鉄道の発着地ウラジオストクと敦賀が鉄道連絡船で結ばれていたのだ。杉原千畝の発給したビザを持ったユダヤ難民も、シベリア鉄道を経由して敦賀にたどり着いている。福井が辺境というのは、東京中心の視点に過ぎない。

 シンポジウムでは、柴田勝家にもっと権力欲があれば、結城秀康がもっと長生きしていれば、福井のみならず日本の歴史も変わっていたのではないか、という話題にもなった。これくらい持ち上げておけば、福井の宣伝になるだろうか。新幹線開業は来年3月です。

古市憲寿(ふるいち・のりとし)
1985(昭和60)年東京都生まれ。社会学者。慶應義塾大学SFC研究所上席所員。日本学術振興会「育志賞」受賞。若者の生態を的確に描出した『絶望の国の幸福な若者たち』で注目され、メディアでも活躍。他の著書に『誰の味方でもありません』『平成くん、さようなら』『絶対に挫折しない日本史』など。

週刊新潮 2023年9月21日号掲載

メールアドレス

利用規約を必ず確認の上、登録ボタンを押してください。