シーズン終盤でまさかの大失速! 歴史的V逸に泣いた「巨人」「阪神」「南海」の悲劇

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最大14.5ゲーム差をひっくり返された「1963年の南海」

 阪神の13ゲーム差を上回るNPB史上最大の14.5ゲーム差をひっくり返されたのが、1963年の南海である。同年、開幕から13勝2敗と突っ走った南海は、2位・東映に8ゲーム差をつけて前半戦を折り返し、2年ぶりVは濃厚とみられていた。

 だが、7月まで勝率5割にも満たず、最大14.5ゲーム差をつけられていた西鉄が8月以降、大逆襲に転じる。8月を17勝7敗、9月を19勝10敗1分と勝ち越し、9月22日の時点でまだ8ゲーム差あったが、同29日から1分けを挟んで9連勝し、10月9日、ついに単独首位。同14日に再逆転されるも、翌15日、南海に3対2と逆転勝ちし、再び首位に立った。

 南海も意地を見せる。10月16日の対西鉄最終戦で、野村克也の2度にわたる同点弾と延長13回に穴吹義雄のサヨナラ3ランが飛び出し、6対3の勝利で三たび首位浮上。翌17日の近鉄戦でも、野村の当時日本新のシーズン52号などで6対1と快勝し、85勝61敗4分で全日程を終えた。

 一方、82勝60敗4分で南海を1ゲーム差で追う形になった西鉄は、10月19日、20日といずれもダブルヘッダーの近鉄戦で4連勝すれば、数字的には逆転Vが可能ながら、当時の報道は、3勝1敗で史上初の同率優勝決定戦に持ち込めるかどうかという論調だった。南海・鶴岡一人監督も「同率決定戦の公算が強いんじゃないか。ますます面白いじゃない」と西鉄の1敗を想定していた。

 ところが、19日に近鉄に連勝した西鉄は、翌20日の第1試合で7回まで0対4の劣勢を延長10回の末、執念の逆転勝ちで制すると、第2試合も2対0で連勝し、史上最大の逆転Vを達成した。

 最後の最後でVを逃した鶴岡監督は「近鉄が1つは食ってくれるやろうと甘い希望を持ってたな。確かに気の緩みもあったな。警戒していたんだが……」と反省の言葉を口にしている。

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