55年の時を経て初DVD化…映画「首」が描く恐ろし過ぎる事件の深層 「首だけ持ってくれば、わかるんじゃないですか」
秀逸な俳優、スタッフ、製作陣が結集した作品
ここから先は、ぜひ映画でご覧いただきたい。結果として正木弁護士は墓を掘り返して首を東大の法医学教室に持ち込むことに成功する。そして古畑種基博士によって、《脳ニハ脳溢血ノ証跡ナシ/外力ニヨッテ惹起セラレタリト認ムベキ異常ヲ存ス/右異常ハ致命的タリ得ルモノトス》と鑑定されるのだ。
「この映画には、いくつかの重要な見どころがあります」
先の映画ジャーナリストに、ネタバレにならない範囲で解説してもらった。
「まず、正木弁護士を演じた名優、小林桂樹(1923~2010)の怪演です。一般には『裸の大将』や『江分利満氏の優雅な生活』などの誠実で軽妙洒脱な演技が有名ですが、常軌を逸しかけたエキセントリックな役を演じると、驚異的な芝居をするんです。本作でも次第に首の入手に取りつかれ、「死骸が叫んでいるんだ! 早く首を切ってくれと!」なんて口走る始末です。しかもすさまじい“顔芸”。近年、TVの『半沢直樹』で、香川照之や市川猿之助の顔芸がすごいと評判になりましたが、この小林桂樹に比べたら、足もとにもおよびませんね」
ほかの役者も見事な適材適所だという。
「冷静な鉱主・南風洋子、非協力的な検事・神山繁、早々に脳溢血と診断する医師・大滝秀治……しかし何といっても見逃せないのは、“首切りに慣れている”東大解剖学教室の職員を演じた大久保正信(1922~1987)でしょう。『七人の侍』や『赤ひげ』といった黒澤明作品によくワンシーン出演していた東宝の大部屋俳優です。彼が小林桂樹とともに墓地へ乗り込み、雪の吹きすさぶ中、墓を掘り返して首を切断するのですが、その前後の様子はぜひ映画でじっくりご覧になってください。小林桂樹を食っています。彼は後年、声優の仕事が多くなったので、銀幕での印象はあまり強くありません。しかしかつての日本映画界は、こういう名脇役たちに支えられていたことがよくわかります」
そして、この映画の最大の見どころは……
「『羅生門』『七人の侍』や『砂の器』で知られる橋本忍の脚本です。冤罪や官憲の拷問を告発する映画でありながら、ちゃんとサスペンスになっている。官憲の妨害をくぐり抜け、いかにして首を手に入れ、怪しまれずに東京まで持ち帰って鑑定に持ち込むかをストーリーの核にしたところが見事です。特に、首の入ったバケツを抱えて上野行きの列車に乗り込むシーン。乗客が妙な臭いに気づき、警官が『中身は何だ?』と詰問する。ここをどう切り抜けるか。ここは橋本忍ならではの仕掛けで、見どころの一つです」
そして、本作が“カルト的な人気を誇る怪作”と呼ばれるもうひとつの理由は……
「橋本忍は、個性的なキャラクターを書くと、時折、驚くほど極端な人物造形になるんです。この弁護士が典型で、クライマックスでは官憲の拷問を告発するシーンが続くのですが、ここはもう、ほとんどホラー映画です。後年、自身が脚本・監督をつとめた『幻の湖』(1982年)というウルトラ級の怪作が誕生しますが、すでにその萌芽が感じられます。このあたりが、見事なサスペンスであると同時に、不思議なカルト的味わいを醸し出しているのです」
ちなみに、この『首』の主要スタッフが5年後に再結集して作られた映画が、大ヒット作『日本沈没』(1973年)である。製作・田中友幸、脚本・橋本忍、音楽・佐藤勝、監督・森谷司郎……そして、小林桂樹が演じた田所博士は、正木弁護士役をそのまま再現したような、凄絶な“顔芸”名演であった。『首』は『日本沈没』の原点でもあったのだ。
正木弁護士の首なし事件は、最終的に拷問した警官が有罪になるまで11年余を要している。その間、正木本人が、墳墓発掘、死体損壊罪などで逆告発されかけたりもした。札幌ススキノの首なし事件も、鑑定留置に半年ほどかかるという。映画でも実在事件でも、首が真実を語ってくれるまでには、長い時間がかかるのである。
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