人類を幸せにするのはどんなテクノロジーか――林 要(GROOVE X 創業者・CEO)【佐藤優の頂上対決】

  • ブックマーク

テクノロジーへの不安

佐藤 見つめ合えて、温かい。そして人が世話をする。こうしたコペルニクス的転回のロボットを林さんが生み出せたのは、なぜなのでしょう。

 二つの理由があると思います。まず一つは、僕がロボットの専門家ではないということです。ロボット開発者の多くは学生の頃から研究を行い、過去のトレンドを引き継いでいるんですね。僕にはそれがない。だから別の方向への進化もありうると考えることができた。

佐藤 林さんはソフトバンクでペッパーの開発に携わっていましたが、ロボット開発はそこからですか。

 はい。その前は、トヨタ自動車で「フォーミュラ1」のレーシングカーを作っていました。もう一つの理由は、そのペッパーのプロジェクトに携わった際、一般に想定されうるありとあらゆるロボットのユースケースを考える機会を得たことです。ここで人と生活を共にするロボットはどうあるべきかを考え抜いたことは、非常に貴重な体験でした。

佐藤 私は、最初に思いついた時のロボットは、温かかったんじゃないかと思うんです。よく知られているようにロボットの起源はカレル・チャペックの戯曲『R.U.R.』に出てくる「ロボタ」です。でもその根底にあるのはユダヤ教の「ゴーレム」なんですね。それは人の言うことを聞く泥の人形で、体温があった可能性もあると思うんです。チャペックのいたプラハには、ゴーレム伝説がある。

 もともと人に似たものだったのですね。

佐藤 ええ。ところが機械として作るようになって、冷たいものにしてしまった。だからLOVOTは原点回帰したものだと思えるんです。

 僕はロボットを作るにあたり、未来のテクノロジーの方向性という問題を考えています。テクノロジーは生活を豊かにし、さまざまな効率化を進めました。その結果、人が幸せになったか、というと、必ずしもそうではない。

佐藤 戦争というトピックス一つ取ってみても、それは明らかですね。

 このLOVOTは、テクノロジーの進歩と人類の不安の間で広がるギャップを埋めるものとして構想したんです。

佐藤 資料を拝見すると、林さんにはディストピアの未来観があるように思いました。

 僕は宮崎駿さんのアニメに大きな影響を受けています。中学時代は「風の谷のナウシカ」に出てくるエンジン付きグライダー「メーヴェ」の模型を作ったりしていました。宮崎さんは、飛行機など機械が大好きですが、それによって進歩した未来を非常に暗く、殺伐とした世界として描かれているんですね。

佐藤 機械への愛とともに、テクノロジーへの懐疑がある。

 僕自身の体験としても、高校時代に中型二輪免許(当時)をとり、すぐに限定解除をして馬力のある大型バイクを乗り回すようになると、母が非常に心配したんです。

佐藤 御母堂にとって、バイクは決していいテクノロジーではないわけですね。

 はい。テクノロジー好きとしては、自分のやっていることがいいことか、悪いことか考えざるを得なかった。僕はメーヴェに端を発して、大学では流体力学を専攻し、トヨタ自動車ではレーシングカーなどを開発していましたが、その時もどんどん速くすることが何につながるのか、と考えていた。確かに速いとレースで勝てます。でもそれが地球の未来、多くの人の幸せに寄与することかと考えると、自信が持てない。

佐藤 機械やロボットが暴走することへの不安は、一般社会に広く共有されています。

 そこは大切で、LOVOTでも自律機械を人が非常停止させる手段の確保を考えました。LOVOTの頭頂部にはカメラやセンサーなどが搭載された突起があります。そこがすぐに外れるように作ってあるんです。外れるとすぐ動きが止まります。

佐藤 ゴーレムだと、額に書いてある文字を一つ消さないといけない。それと同じですね。

 いかに止めやすくするかを担保できれば、ロボットやAIがどんなに賢く力強くなっても危険でなくなるというコンセプトで、ここを安全装置としました。スイッチではなく、突起が外れるようにしたのは子供がまずここを触るからです。

佐藤 子供は無茶しますからね。

 一番最初につかむ場所です。でもここを持って振り回そうとすれば、すぐに外れて止まってしまう。すると子供は「あー、死んじゃった」と、ものすごく反省するんですよ。ずっと乱暴し続ける子供はあまりいなくて、ほとんどが「やってはいけないことだ」と理解しますね。

佐藤 そこに機械と子供の関係性が生まれる。

 そもそもLOVOTは危険な存在ではありませんが、未来を見据えて、安全性についてのポリシーは持った方がいいと思った。それで、ここには十分なリソースを割きました。

次ページ:人間のパートナー

前へ 1 2 3 4 次へ

[3/4ページ]

メールアドレス

利用規約を必ず確認の上、登録ボタンを押してください。