【どうする家康】戦国時代にありえない女性の大活躍 誤解を生んで今後へ悪影響も

国内 社会

  • ブックマーク

亡き妻の亡霊が男たちを支配し続ける

 最後の発言は解説が要るだろう。秀吉のもとへ出奔した石川数正を、家康も重臣たちも裏切り者だと思っていた。だが、じつは、家康に秀吉との戦いを避けさせ、「お方様」が望んだ戦争がない世の中をつくるために、あえて飼い殺しにされることを覚悟のうえで秀吉の家臣になった――。於愛は、数正が残した仏像や、いつも花が咲いていた「お方様」の住居の築山を思い出させる押し花を見て、そう読み取ったというのだ。

 その言葉を聞いて、家康も家臣たちも数正の真意に気づいて涙し、「お方様」の平和への思いに応えるためにも、秀吉に臣従することにする。こうして、閣議に乗り込んできた女性が、いまは亡き女性の思いを実現するために、大大名とその重臣たちを動かしてしまったのである。

 あっぱれな女性活躍だが、あの時代、政策決定がこれほど女性の思いに左右されていたら、家康ならずとも大名は領国を守れなかった。しかも「お方様のめざした世」というのが、また曲者だ。

 築山殿は家康と不仲だったというのが、研究者の共通見解である。また、「戦なき世」をつくるために築山殿が尽力し、それが家康や重臣たちからも支持されながら信長の判断で命を絶たれた――という史実は確認できない。一方、史料からまちがいないのは、宿敵であった武田氏の軍勢を岡崎城に迎え入れようとしたクーデター未遂事件の、首謀者の一人だったという点である。

 脚本家はこのドラマで女性を活躍させたいのだろう。だから、築山殿が死に追いやられた悲劇を、女性が男性社会にプラスの影響をあたえた物語に転換させた。そして、史実とは正反対に、家康たちを精神的に支配した彼女の「思い」は、ほかの女性たちの「活躍」を誘発しながら、男たちを揺さぶりつづける。

 しかし、それでは女性が抑圧されていた時代への誤解を生むばかりである。女性が活躍する社会を望むなら、過去の現実を直視するところからはじめたほうがいいと思うのだが。

香原斗志(かはらとし)
歴史評論家。神奈川県出身。早稲田大学教育学部社会科地理歴史専修卒業。日本中世史、近世史を中心に幅広く執筆するが、ヨーロッパの音楽、美術、建築にも精通し、オペラをはじめとするクラシック音楽の評論家としても知られる。著書に『カラー版 東京で見つける江戸』『教養としての日本の城』など。

デイリー新潮編集部

前へ 1 2 3 次へ

[3/3ページ]

メールアドレス

利用規約を必ず確認の上、登録ボタンを押してください。