衝撃の自動車転落事故から31年…不世出の女優・太地喜和子の生き方「やる、と決めたらその作品と心中する」

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 朝日新聞編集委員・小泉信一さんが様々なジャンルで活躍した人たちの人生の幕引きを前に抱いた諦念、無常観を探る連載「メメント・モリな人たち」。今回、取り上げるのは女優の太地喜和子さん(1943~1992)です。実力派女優で、舞台、映画、ドラマと多方面で活躍していた彼女が、自動車転落事故で亡くなったのは31年前のことでした。その太地さんが、国民的人気映画のマドンナとして再登場が強く望まれていたことをご存知でしょうか。まずは、その秘話から彼女の人生を辿ります。

寅さんと最も相性のいいマドンナは?

 映画「男はつらいよ」シリーズ(1969~2019年)の中で、主人公・車寅次郎(寅さん)と最も相性のいいマドンナといえば、浅丘ルリ子(83)演じる歌手のリリーを挙げる人が多いだろう。寅次郎と同じ旅から旅の浮草稼業。フーテン暮らしの寅次郎の孤独や寂しさをリリーならよく分かってくれたに違いない。

 リリーと並んで人気があるのが、第17作「寅次郎夕焼け小焼け」(1976年)で太地喜和子が演じた芸者のぼたんである。

 舞台は「小京都」と呼ばれる城下町・播州龍野(庫県たつの市)。親を亡くした後、芸者で身を立てながら妹や弟の面倒をみて暮らす独身女性である。

 朗らかで、笑い上戸(じょうご)で、愛嬌たっぷり。それでいて豪快で、気っ風が良く、鉄火肌のマドンナである。しかも、匂うような色気もある。

 宴席で寅さんと出会ったぼたん。すっかり意気投合する。寅さんは当然惚れてしまうが、恋愛感情というより仲間意識のほうが強かっただろう。

 顔で笑って腹で泣く――。その言葉通り、一見明るく見えるぼたんだが、カネを巡るトラブルを抱えていた。血のにじむ思いで貯めた200万円をだまし取られたのである。正義感に燃えた寅さんは、ぼたんを助けるため立ち上がったが……。

 とまあ、「寅次郎夕焼け小焼け」はこんな粗筋だったが、撮影に立ち会った松竹関係者はいまも太地のことを懐かしんでいる。

「とにかく酒が強い女性でした。龍野では撮影が終わると、毎晩のように大宴会。大輪の花のような華やかさ。それでいて庶民的。盛り上がったなあ。とにかく笑いが絶えなかったし、太地さんもひとりでグイグイ、ウイスキーを飲んで。軽く1本空けていましたよ」

 酒は一切飲まない山田洋次監督も「あんなに飲んで大丈夫かなあ」と気遣うほどの豪快な飲みっぷりだった。

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