【ハヤブサ消防団・最終回】立木彩は「聖母アビゲイル教団」の聖母になるのか 本当の目的は?
視聴者を焦らしながらも人気作に
ここまで焦らしても視聴者がついてきたのは構成がうまかったから。このドラマの脚本は原作をかなり変えている。例えばドラマでは、消防団員の徳田省吾(岡部たかし・51)が隠れ信徒として教団側に協力していた。それが7話で明かされた後、殺害された。しかし、原作では教団に加担し殺されるのはドラマには登場しない人物である。
考えてみると、鉄の結束を誇っていたはずの消防団員の中に信徒がいたほうがドラマチックだ。それでいて原作のテーマである「郷愁と郷土愛」「地方と都会の差異」「地縁、血縁」「宗教とは何か」はドラマと完全に一致しており、持ち味は崩されていない。
消防団員6人による東京のレストランでの“最後の晩餐”(7話)も原作にはない。このシーンは省吾の裏切りが明かされるドラマのハイライトで、CM2回とインサート映像を挟んで24分間にも及んだ。正味約45分の1時間ドラマにおいて、これほど長時間のシーンは滅多にない。飽きさせずに見せるのは難しいが、俳優も脚本も良かったから、長さを感じさせなかった。
当初はコミカルだった。レストランに入るなり、無骨なベテラン団員・山原賢作(生瀬勝久・62)は「なんやこれ! フォークとナイフ、あり過ぎやん」と驚く。責任感が盛大に空回りしている分団長の宮原郁夫(橋本じゅん・59)は「今月の小遣い、これで終いやな」と無粋で場違いなことを口走った。
ほとんど何も考えていない男・藤本勘介(満島真之介・34)は「あと一口やぁ、おかわりしたいのぉ」と、子供のように嘆いた。ほかの団員よりは分別がある副分団長・森野洋輔(梶原善・57)は興奮する仲間たちを諫めた。
俳優6人が演技モードを鮮やかに切り替える
このまま愉快なシーンが続くと思ったら、太郎による省吾の追及が始まり、一転して重苦しい空気に包まれた。6人の俳優全員が演技モードを陽から陰へとたちどころに切り替えた。鮮やかだった。
太郎の口調は淡々としていながら、仲間を責めなくてはならない哀しみが言葉の端々に入り混じっていた。感情をオーバーに出したほうが大向こう受けしそうな場面だったものの、中村はそうしなかった。
抑えた演技でも怒りや哀しみの感情を十分に表せるのが中村の特長。有村架純(30)とダブル主演し、弁護士・羽根岡佳男に扮したTBS「石子と羽男-そんなコトで訴えます?-」(2022年)もそうだった。
責められた側の省吾役の岡部は、フジテレビ「エルピス-希望、あるいは災い-」(関西テレビ制作、2022年)で好演した、挫折した元報道プロデューサー・村井喬一役が記憶に新しい。省吾も挫折の人。岡部は悲哀を背負った人物役がやたらと似合う。
レストランでの省吾の告白によると、若いころ、都会での成功を夢見て上京。しかし、現実は厳しく、父親の病気を口実にしてハヤブサ地区にUターンした。よくある話だ。
その後に離婚し、現在の母親は老人ホームに入っている。これも月並みな話ではあるが、本人の心は相当痛んでいたのだろう。世間には不幸せがあちこちにある。
省吾は団員の中で一二を争う明るい男に見えたものの、過去を明かしたレストランのシーンでは悲哀に満ちていた。この直後に殺されたので、余計に傷ましかった。
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