「家でどうしても食べられない一品があるの」妻の浮気を咎めたら思わぬ反論が…44歳夫が何も反論できなかったのは何故か
これが幸せというものなのか
良智さんが27歳、夏海さんが29歳での結婚だった。夏海さんが引き取って育ててきた保護犬も一緒だった。2年後、長女が生まれた。子どもをもうけるのはとにかく怖かったと彼は言う。自分が大人になりきれていない感覚が強かったから、親としてやっていけるのか不安でたまらなかった。
「でも夏海は平然としていました。『自分が機能不全の家庭で育ったからこそ、自分の子には楽しい人生を教えてあげたい。愛さえあれば大丈夫』って。強いですよね、女性は」
彼女に引っ張られて、彼は父親になった。とはいえ、「父親らしさ」はわからない。ただ、小さな命が愛おしかった。それでいいのと夏海さんは言ってくれた。
「夏海は会社が許す限り育休をとって、ゆっくり仕事に戻りました。『子どもがかわいくて仕事に戻りたくないけど、このままだと超過干渉の母親になりそうで怖いから仕事に戻る』と言っていました。僕だって会社を辞めたいくらいでしたよ、子どもと一緒にいたかった。おもしろいなあと思ったのは、夏海が連れてきたワンコが娘をかわいがってくれたこと。ふたりは姉妹みたいに仲良しでした。誰よりもお互いをわかりあってる。それを見て、涙が出そうになることがありました。夏海には笑われたけど、これが幸せというものなのか、と。自分の固く閉じた心が溶けていく感じがしたんです」
現実の生活は忙しかったが、ふたりとも心の余裕をなくすことはなかった。ワンコも入れて家族4人、仲良く暮らしていた。
「男と女」ではなくなって…
娘が小学生になったころ、夏海さんが昇進した。これまで以上に忙しくなると知って、良智さんは時短で仕事ができないか職場に相談したという。彼もまた、部署の中心にいたのだが出世など望んでいなかった。子どもが学校に慣れるまで、なんとか家庭を守りたいと上司に直訴した。
「いい職場なんですよ。当時はリモートなんて誰もやっていなかったけど、考えたら僕の仕事はけっこう在宅でもできる。ちょうど親の介護のために離職する人がいると社内で問題になっていたこともあって、もっと個人の状態に見合った仕事の仕方があるのではないかと会社も模索していた時期だったのがラッキーでした。僕は時短と在宅ワークを認めてもらえた。娘が1年生になった4月は長期休暇ということでまるまる休みをもらいました。5月からは午前中のみ出社、その1年間はそういう働き方をさせてもらった。翌年は妻が少し仕事をセーブした時期もありました。そうやってとにかく娘から目を離さないように生活していました。自分たちが親にしてもらいたかったことをしてあげたいのもあったし」
家庭はいい、子どもはかわいい。良智さんは仕事も家事も育児も楽しくてたまらなかったという。その一方で、知らず知らずのうちに夏海さんとは「男と女」ではなくなっていった。夏海さんから不満を聞いたことはある。だが、「娘とワンコとの4人家族」という意識が強すぎて、彼は夏海さんを「性欲の対象」として見ることができなくなっていったのだ。自分で意識したわけではないのだが、気づいたらそうなっていた。妻に求められても対応できず、「ごめん」と言うしかなかった。そのうち妻も何も言わなくなっていたので、それでいいとさえ思っていた。
「3年くらい前から、妻の様子がどこかおかしいというのは気づいていました。コロナ禍でそうそう残業があるはずもないのに、急に帰宅が遅くなったりして。でも正面切って聞くことはできなかった。怖かったんです。彼女に去られたら僕は生きていけないから」
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