「女が結婚に疑問を抱く理由」を描く「こっち向いてよ向井くん」 夏ドラマで一番のお気に入りに

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 どうでもいい話をひとつ。はるか昔、夫が若い女性から告白されたが、きっちり断ったという。「僕は結婚してるから」と。「そこは結婚してるからじゃなくて私を好きだから、でしょ」と猛烈に抗議した。余白残してんじゃねえと解説したが、わかったような顔して、たぶんわかっていなかった。

 そういうとこな!という現象が満載の「こっち向いてよ向井くん」が今夏一番のお気に入りである。主演は赤楚衛二。元カノへの思いを断ち切れず、10年間ぼやぼや過ごしたが、急に結婚を考えて恋愛に勤しもうとする33歳の男・向井悟を演じている。今回の役は童貞でもオクテでもなく、モテないわけでもない、だからこそ中途半端に厄介な恋愛迷子という設定だ。

 前半は向井の失敗の繰り返しで、ダメ出し100連発のコミカルなパターンだったが、元カノ・美和子(生田絵梨花)と再会してからは、男女の結婚観の違いや違和感を深く掘りまくっている。ふんわりラブコメと思いきや、「女が結婚に疑問を抱いている理由」が次から次へと吐き出される展開に。

 それぞれを見ていこう。

 まず、美和子。結婚=幸せという価値観を覆したいと考えている。父親が独身で自由なおばを寂しい人扱いすることに憤りを感じているからだ。世間の価値観にとらわれない恋愛を模索中。向井や前の彼氏と別れたのも、結婚前提の関係性に違和感を覚えたから。結婚否定派であることを言葉で伝えなかったからこそ、向井は引きずったので罪深い。でも主義主張は大事よ。うやむやは地獄の入口だしね。

 向井の実家に同居している妹夫婦(藤原さくら・岡山天音)は、結婚後の違和感がテーマだ。夫・元気は大黒柱として張り切るも、妻・麻美は結婚後の呼称や立ち位置が変化することに違和感を覚えている。その違和感に夫が無頓着なことにもいら立ち、離婚を打診。麻美の主張を「面倒臭い女だな」と思った人は、どうぞそのまま思考停止の人生を送ってください。些末な違和感は早期発見が肝心。麻美は絶対的に言葉が足りないと母(財前直見)も指摘するが、この夫婦がどんな結末を迎えるか興味津々だ。

 冒頭の話ではないが、侵入してくる女っているのよ。元気に近づく芽衣(穂志もえか)は鳥肌モノ。無欲の皮を被った強欲女に得てして男は気付かないものだ(大概が死ぬまで気付かない)。でも、麻美の主張の矛盾を突く、重要な役でもある。

 たとえ結婚しても、違和感や疑問は日々生じる。それが致命的かどうか。改善の余地があるかどうか。幸せとは程遠い、精神的な殴り合いと負けられない闘いがあることを示唆している。

 そして、向井の恋愛にダメ出し100連発をしてきた洸稀(波瑠)は恋愛至上主義で結婚不要派。おいしいとこ取りで満足し、関係が深くならないよう細心の注意を払う女だ。バツイチで結婚にトラウマがある上司(市原隼人)と恋をするが、彼が独占欲と執着を見せた段階で迅速に関係を切る。納得。

 日テレのラブコメは一見ゆるく見えるが、後半の奥行きに感心することが多い。

吉田潮(よしだ・うしお)
テレビ評論家、ライター、イラストレーター。1972年生まれの千葉県人。編集プロダクション勤務を経て、2001年よりフリーランスに。2010年より「週刊新潮」にて「TV ふうーん録」の連載を開始(※連載中)。主要なテレビドラマはほぼすべて視聴している。

週刊新潮 2023年9月14日号掲載

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