「南海トラフ地震」の発生確率、本当は「20%」? “えこひいき”がまかり通る地震予測を専門家が「百害あって一利なし」と断じる理由

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発生確率の“低い”地域でばかり大地震が起きる矛盾

 地震調査研究の関係予算は年間約100億円。その成果として地震本部が社会に対する存在意義を示せるものは確率評価と、確率を日本地図に落とし込んだハザードマップ「地震動予測地図」と言えるだろう。地図をみると南海トラフ沿いの地域は赤(危険を示す色)の濃さが目立つ。だが、実際に地震が起きたのは、東日本大震災、熊本地震、北海道地震……。いずれも危険性がさほど高く示されていなかった場所ばかりだ。

 熊本地震の発生確率はほぼ0~0.9%。地震発生当時、防災担当をしていた熊本市の職員も「南海トラフ地震のように高確率だったら備えたが、熊本は確率が一桁を切っていたので地震は来ないと思っていた」と悔やむ。熊本県は地震の「安全地帯」とPRし、企業誘致までしていたことが被災後に問題になったが、同様のことは北海道地震で被害を受けた自治体でも起きている。いずれの地域でも地震後、多くの被災者が「ここで地震が起きるとは思わなかった」と涙した。生半可な科学が結果的に人々の油断を生み、被害を拡大させる。阪神・淡路大震災の二の舞を踏み続けているのだ。

 今の地震学では実用に堪えうる精度の予測は難しい。それでもなぜ予測をやめないのか。13年評価の検討委員を務めた名古屋大の鷺谷威教授は「地震学は純粋な学問とは違い、社会から実力以上に期待されて膨大な予算を得てきた。社会(行政)の要請を断ることができない」と語る。「今は予知に代わり地震動予測地図を作製しているが、いずれも地震学者たちの体制を維持するための『やったふり』でしかない」。その上で鷺谷氏は確率や地図についてこう言い切る。「これのせいで高確率の地域に注目がいくあまり、低確率の地域で油断を生んでいる。百害あって一利なしだ」

対策ありきで確率を操作するのは“国民への裏切り”

 そもそも予知予測は防災を「やらない」ことの言い訳になってこなかったか。予知で「いつ」がわかればそのときだけ避難すればいい、予測で「どこで」がわかればその地域だけ対策すればいい。だが世界のM6以上の地震の20%が起きる地震大国の日本に住む限り、どこにいても防災対策は必要な経費なのだ。地震学は予知予測ができないと正直に言うべきで、むしろどの土地でどんな被害が起きやすいか、どんな対策が必要かということを正しく伝えていくことの方が大切だろう。

 南海トラフ地震対策は国土強靱化計画の重要な旗印だ。公共事業を増やす国土強靱化計画は「コンクリートから人へ」をスローガンにしていた民主党から自民党が政権を奪還する際の目玉政策の一つとなった。アベノミクスの「三本の矢」の財政出動を担う政策でもあり、2013年度から23年度までに約57兆円が使われた。確かに南海トラフ地震は起きれば大きな被害が予想される。対策は絶対に必要だ。だが対策ありきで確率を操作しているとも取れる行為をするのは、国民への裏切りとも言える。

 地震、コロナ禍、原発事故など、科学は問題を解決する上で絶対不可欠な人類の知恵だ。だが、科学の知識が、為政者の主張を強調するためにつまみ食いされていないだろうか。基礎となる情報が科学的に適切でなければ、正しい解決策にはたどり着けない。現代に生きる私たちは政策の背景にある科学が本当に適切か、それを見極める力が試されている。

小沢慧一(おざわ・けいいち)
1985年名古屋市生まれ。大学卒業後、コスモ石油株式会社を経て、2011年中日新聞社(東京新聞)に入社。水戸支局、横浜支局、東海報道部(浜松)、名古屋社会部、東京本社(東京新聞)社会部。同部では東京地検特捜部・司法担当を経て、現在は科学班。中日新聞で19年に連載した(東京新聞では20年)「南海トラフ 80%の内幕」は、20年に「科学ジャーナリスト賞」を受賞。著書に『南海トラフ地震の真実』(東京新聞)がある。

デイリー新潮編集部

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