八冠目指す藤井七冠に黄信号 AIの攻め手を無視して「守り続けた」永瀬王座の新戦法

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栄光の3人目がかかる永瀬

 この日、対局室は大きな盛り上がりを見せた。19連覇を含む王座通算24期と驚異的な記録を持つ日本将棋連盟の羽生善治会長(52)と立会人の佐藤康光前会長(53)、さらに、森内俊之九段(52)ら歴代名人が集まったからだ。

 永瀬は今シリーズに勝てば王座5連覇となり、永世称号に当たる「名誉王座」を獲得する。名誉王座は羽生九段と中原誠十六世名人(76)しか達成していない。「巨頭」大山康晴十五世名人の名がないのは、王座戦がタイトル戦に昇格したのが1983年と新しいからだ。名誉王座の資格は5期連続か通算10期と簡単ではないが、栄えある「3人目」がかかる永瀬にとってビッグチャンスだ。

 藤井と永瀬は昼食に「元湯 陣屋」特製の大きな伊勢海老が乗る「陣屋カレー(ビーフ&伊勢海老シーフード)」を食べた。その豪華さに食べきれるのかと心配になったが、永瀬はデザートにショートケーキとシャインマスカット大福までつけていた。さらに、永瀬は午後5時の夕食にも同じカレーを注文するから驚く。

 一徹な性格から「軍曹」と呼ばれる永瀬はこの日、脳味噌だけでなく胃袋にも気合がみなぎっていた。

大きかった後手番の勝利

 さて、将棋の戦いでは先手番が若干有利とされる。

 2020年に挑戦者として初登場した棋聖戦からこの日まで、藤井は全部でタイトル戦を76局戦った。そのうち先手番が40局で35勝。後手番は36局で25勝だ。藤井は「若干有利」どころか、先手番では驚くほど強い。今年3月の棋王戦第1局で負けたのを最後に、先手番では9連勝していた。

 渡辺九段は「先手の藤井さんに後手番の永瀬さんが先勝したことは大きいですよ」と話していた。第2局は当然、永瀬が先手だ。

 加藤九段も《5番勝負の短期決戦。やはり先勝した方が大きいです。しかも、次は藤井竜王が後手番。8冠全制覇は、ちょっぴり厳しくなってきたかもしれません》(ひふみんEYEより)と見ている。夢の八冠に黄信号が灯ったか。

 とはいえ藤井は、昨年の棋聖戦で永瀬を相手に先手番だった初戦を落としたものの、その後、3連勝して防衛している。また、これまでタイトル戦で連敗したこともない。

 これで対戦成績が藤井の11勝6敗となった永瀬と藤井。9歳差がある2人は非常に仲の良い研究仲間だ。今回も記者たちが入ってくるまでの僅かの間にも声をかけ合い、熱戦を振り返り始めた。

「手の内」を知り尽くす仲ではあろうが、これ以上ない真剣勝負の場で永瀬は「4一玉型早繰り銀」という新戦法を編み出して挑戦者の出鼻をくじいた。といっても、藤井が新戦法にしてやられたというよりは、がっぷり四つの力勝負となった末の永瀬の勝利だった。藤井に大きな失着があったわけでもない。秒読みに追われても、2人は決して間違えない。迫真の名局だった。

 第2局は9月12日に兵庫県神戸市のホテルオークラ神戸で指される。
(一部、敬称略)

粟野仁雄(あわの・まさお)
ジャーナリスト。1956年、兵庫県生まれ。大阪大学文学部を卒業。2001年まで共同通信記者。著書に「サハリンに残されて」(三一書房)、「警察の犯罪――鹿児島県警・志布志事件」(ワック)、「検察に、殺される」(ベスト新書)、「ルポ 原発難民」(潮出版社)、「アスベスト禍」(集英社新書)など。

デイリー新潮編集部

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