八冠目指す藤井七冠に黄信号 AIの攻め手を無視して「守り続けた」永瀬王座の新戦法
将棋の藤井聡太七冠(21)が永瀬拓矢王座(30)に挑戦する王座戦五番勝負(主催・日本経済新聞社)の第1局が8月31日に行われ、両者、1分将棋が長く続く白熱の戦いの末に、150手で永瀬が先勝した。かつて大山康晴十五世名人(1923~1992)や升田幸三名人(1918~1991)らも戦った、将棋の対局場として最も歴史のある神奈川県秦野市の老舗旅館「元湯 陣屋」で新たな名局が刻まれた。【粟野仁雄/ジャーナリスト】
【写真】藤井七冠がめずらしく飲み物以外を頼んだおやつの「練り切り」
AI評価に疑問
対局開始から早々に角を交換する「角換わり」から、銀を前線に送り出す「早繰り銀」の模様になった。昼食休憩前に永瀬が1時間近く長考するなどしたが、戦端が開いてからは速かった。
中盤でABEMAのAI(人工知能)評価は、藤井の7割ほど優位と示した。解説の渡辺明九段(39)は「AIは先手(藤井)に出ているけど、永瀬さんにとって嫌な展開ではない」とその評価に疑問を呈した。
永瀬の玉には、藤井の金、銀、桂馬、さらに「と金」が迫っている上、桂馬しか守り駒がない。やはり後手は不利だという印象だった。
しかし、渡辺九段は「迫っているように見えるが、詰ますには相当、時間(手数)がかかる」としていた。聞き手の女流棋士に「どちらが優勢か」と問われると「後手(永瀬)を持っていいかな」としていた。見事に当たっていた。さすがである。
焦点の歩
後手番の74手目、AIは「8八歩」を候補手の1番にした。盤面の主戦場からは離れた隅っこで、相手の桂馬を取る歩を打つという手だ。そんな悠長なことしていて大丈夫かという気がしたが、永瀬は「8八歩」と指した。渡辺九段は「藤井さんを相手に手を渡せるのは凄い」と感心していた。
解説の渡辺九段と戸辺誠七段(37)は、74手目でAIが示した候補手の「8八歩」や「3八歩」について、「どういう意味だろう」と盛んに検討し合っていた。要は、「攻守の中心的な位置の駒をあまり動かさないほうがいい」といった難しい場面だった。
加藤一二三九段(83)は、日刊スポーツ9月1日付の「ひふみんEYE」で《永瀬王座の後手8八歩(74手目)が絶妙手でした。5手ほど候補手がある局面で見せた、最強の正着です。1手だけクローズアップするとすれば、この的確な『焦点の歩』でしょう。この後、藤井竜王は苦しくなりました》と高く評価した。
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