作家・平戸萌が職場の先輩に連れて行かれた「謎の東京ツアー」 途中で雲行きが怪しくなり…

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雲行きが怪しくなり…

 出身だという有名私大の周辺についてはとくに詳しかった。5年過ごした寮や通いつめたパチンコ屋、駅裏の定食屋のとんかつのでかさなどについてUさんは熱心に説明した。

 いつか連れてってあげますよ。いろんな店に行ったけど、あすこが断然いちばんだから。

 日本でですか?

 いや、東京で。

 Uさんは誇らしげにきっぱり答えた。

 雲行きが怪しくなったのは巣鴨(すがも)についたときだった。このへんに祖母の家があったんだと何の気なしに打ち明けたのだ。疎開から戻ったら土地ごとなくなってたみたいですけどね……。

 Uさんは驚いたように見返して、それからむっすり黙りこんだ。困惑し、必死に言葉をかけたけれども、固い表情のまま日暮里(にっぽり)で唐突に立ち上がると京成(けいせい)で帰るからとつぶやいて降りていってしまった。

 取り残された私はぽかんとしたままめでたく山手線一周を達成した。東京タワーを横目に職場に戻り、永遠に終わらないように見える仕事をちまちまと進めながら、一段落したら件の定食屋を探しに行ってみようと思った。

平戸 萌(ひらと・もえ)
作家。神奈川県生まれ。2022年「私が鳥のときは」で第4回氷室冴子青春文学賞大賞を受賞。

デイリー新潮編集部

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