作家・平戸萌が職場の先輩に連れて行かれた「謎の東京ツアー」 途中で雲行きが怪しくなり…
「東京タワーのぼったことある? 山手線の駅は全部言える?」
2022年「私が鳥のときは」で第4回氷室冴子青春文学賞大賞を受賞した、平戸萌さん。神奈川生まれながら東京についてほとんど知らないと明かすと、職場の先輩のUさんは彼女をたしなめた。「あなただめだよ、そんなことじゃ」と呼び出された日曜日、二人で東京観光に出向くと……。
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東京についてほとんど知らないと言ったらUさんは信じられないって顔をした。だってあなた都内の大学出てるんでしょう、実家だって神奈川だし。
都内といっても多摩地区だし、地元でだいたい足りちゃうし、と私はもごもご言い訳した。私は都会が怖いので、関心もあまりない。港区に勤めてはいるが駅と職場の往復しかしない。
あなただめだよ、そんなことじゃ、とUさんは深刻そうに眉根を寄せた。東京タワーのぼったことある? 山手線の駅は全部言える?
ないです、言えないですと私は正直に答えた。
Uさんはしかたないなと頭を振って、教えてあげるから日曜に来なさいと有無を言わさぬ態度で言った。
「あるんだから、のぼらないと」
彼は上司ではない。退職後にパートとして戻ってきた部つきの助手だ。仲間の去った古巣で微妙に持て余されている30年前のエース。つい、うなずいてしまった。
日曜日。会社の前で落ち合ったUさんがまず連れて行ってくれたのは徒歩数分の東京タワーだった。べつにいいのに、毎日見てるし。と思いながら私は少し離れて歩き、でもチケットを買ってくれたので0.5歩くらい近づいて長いエレベーターを神妙に上下した。
あるんだから、のぼらないと。
Uさんはたしなめるように言った。
東京タワーの後は浜松町(はままつちょう)駅から山手線に乗りこんだ。さほど混んではおらず、いかにも休日らしい元気そうな人の姿もある。
私たちは長椅子の端に並んで座った。Uさんはいつもより背筋をぴんと伸ばしていた。私は眠かった。前日も終電帰りだったのだ。
内回りと外回りの違いがわかりますか、とUさんはさっそく尋ねた。
さあ……。
考える気もない私にUさんははりきって説明してくれた。それから各駅の解説を加えていった。街の雰囲気、取引先への近道、歴史的経緯とか、どの駅がどの小説の舞台だとか。
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