〈ドラマ相棒〉右京を「おまえ」と呼び捨てにする唯一の人間 水谷豊が語った初心と舞台裏

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右京を「おまえ」と呼び捨てにする唯一の人間

 シーズン1の第1話は「警視総監室にダイナマイト男が乱入!」。初回から登場する警察庁長官官房室長(通称・官房長)・小野田公顕(岸部一徳)は、右京の元上司で、特命係の誕生に関わったキーマンである。登場直後から右京と特別な関係であることを匂わせる。

「シリーズ化するにあたって、必要なことが二つあると思いました。一つは、『相棒』は推理サスペンスであると同時にキャラクタードラマとしても面白くなければならないこと。もう一つは、杉下右京が警視庁の中で敵無しのスーパーマン的存在にならないように、敵わない存在を置くことでした。右京と同じ東大法学部卒の先輩・小野田公顕を官房長として警察庁に配置したのは脚本の輿水さんの発想です。右京と小野田の関係はどこかユーモラスでありながらも、時に激しくぶつかり合う。そのぶつかり合いで警察組織の裏側や機微が見えてきます。官房長は『相棒』には欠かせない、まさに裏相棒的存在でした」

 小野田はなにかある度に右京と密会する。場所はハンバーガー店、回転寿司店、ラーメン屋、おでん屋など庶民的な店が多く、二人にしか通じない意味深な会話を交わす。

 右京を「おまえ」と呼び捨てにする唯一の人間でもある。

「回転寿司の皿をレーンに戻さないように注意しても、官房長は忘れてしまうんですね。6枚くらい積み上げて戻したのかな。お茶の淹れ方も右京が教えていましたね」

 特命係の前身は、小野田がテロ対策のために組織した「緊急対策特命係」だが、右京は、自分が栄転になったと勘違いしている薫に、「特別に命令があれば、なんでもやる係です」と説明している。まもなく薫は、自分の前に特命係に配属された6人が警視庁を去っていたことを知り、特命係が「人材の墓場」と呼ばれていることに愕然とする。

 右京はそんな薫の心中を知ってか知らずか、「細かいことが気になる僕の悪い癖」と「ひとつよろしいですか」の常套句で、事件の真相に迫っていく。

 同シーズンの第10話「最後の灯り」は、長年映画製作に携わってきた職人の意地と悲しみが描かれる。右京と薫は、映画監督の不審死を調べる最中、何者かに襲われ、海岸近くまで運ばれ放置された。冒頭のシーンで、右京は呆然として海を眺めている。メガネにヒビが入り、額には血が流れた跡がある。一時的に記憶喪失になっているのだ。

 まもなく、離れた場所にいた薫が近寄ってきて、なぜ自分たちはこんな所にいるのか、と右京に話しかける。二人で記憶を辿るうちに、事件の背景が見えてくるのだが、右京が足をくじいて歩けないのを知った薫は、「どうぞ」と促して右京を背負う。右京は少し照れた様子で、「亀山君、海が綺麗ですよ」などと呟く。

「背負われている時間が、結構長かったんですよ。『君に背負われる日が来るなんて』とか言いながら、右京はまんざらでもない。実はあのシーン、テストのときはゲラゲラ笑いながらやっていたんです。楽しんでる場合じゃないのに、いい大人がおんぶされている格好が面白くてね。寺脇におんぶされると、歩くたびに振動が来るんですよ。その振動に合わせて僕の身体が揺れるでしょ。その揺れ方が可笑しいって、二人で笑っていた」

 後のシーンで、右京がスタンガンを当てられて意識を失ったことが分かる。この回を初めとして、右京が犯人に倒されるときには、スタンガンが頻繁に使われるようになった。

「『最後の灯り』は櫻井武晴さんの脚本で、ラストに『この素晴らしき世界』というルイ・アームストロングの曲が流れるんです。電飾さんと呼ばれたスタッフが、長らく仕事をしてきた監督が自分の名前を覚えていなかったと誤解して、殺人を犯す話でした。でも、監督が名前を覚えていなかったわけではなくて、『電飾』と呼んだのは愛情からだったんですね」

 続く第11話「右京撃たれる 特命係15年目の真実」では、特命係が廃止され、右京は警察庁に復帰し、薫は運転免許試験場に転属という内示が出る。小野田が右京を手元に置きたくて工作したのだ。これに右京は反撥するが、小野田と話している最中に銃撃される。

「右京が入院するのはプレシーズンの3(『大学病院助教授、墜落殺人事件!』)以来ですね。パジャマ姿が話題になったそうですが、視聴者は思わぬことを喜んだりするんですねえ」

長門裕之、津川雅彦兄弟

 脚本担当の輿水が、シーズン1の中で強く印象に残っていると語るのは、最終話の「午後9時30分の復讐 特命係、最後の事件」である。

〈結末で犯人が捕まらない、勧善懲悪で終わらないところに踏み込みたかった。小野田が正義の名の下に悪と取り引きするんですけど、それと右京が対決することに意味があると思ったんです(中略)。あれができたことで、『相棒』でできることが広がりましたよね(中略)。とにかく安定するよりはもっとやろうというのが『相棒』です。それでどんどん追いつめられていくんですけど(笑)〉(『オフィシャルガイドブック相棒』)

 この回で悪を象徴する元外務省官僚・北条晴臣を演じたのは長門裕之。自分を「閣下」と呼ばせ、好色かつ傲岸不遜な人物である。

「長門さんの役はしたたかで、本当に悪い奴なんだけど、芝居が面白くてね。僕と寺脇が長門さんと向かい合うシーンで、吹き出してしまったんです。もちろん本番なんだから笑ってはいけないんですよ。でも、長門さんの芝居を見ていると、可笑しくてどうにもならないんですよ。もうね、狂気のような面白さだった」

 長門との付き合いは、水谷が『バンパイヤ』に主演していたときから始まっていた。

「ご自宅に伺ったのは僕が15歳くらいのときです。奥様の南田洋子さんもいらして、可愛がっていただきました。長門さんの弟の津川雅彦さんと会ったのはその数年後ですね。フジテレビで『肝っ玉捕物帳』(73~74年)という京塚昌子さんが主演の時代劇があったんです。郷ひろみさんとか、朝丘雪路さん、西村晃さん、左とん平さんとか色々な人が出ていらした。美空ひばりさんもゲスト出演されたと思います」

 津川もその番組に出演していた。津川はある日、水谷をメイクルームに呼んで言った。

「『豊ちゃん、時代劇だから眉毛を綺麗に揃えてあげる』と言って、眉をハサミでカットしてくれたんです。それからは、いつ会っても優しくしてくれてね。長門さんと一緒に食事に誘ってもらったり、ご兄弟には本当によくしていただきました。お二人とも僕が子供の頃からこの仕事をしていることを知っていたから、『相棒』で杉下右京というキャラクターを創ったことを凄く喜んでくれたんです。『よくやったね』と」

 津川はシーズン2から、法務大臣の瀬戸内米蔵役で出演。元は僧侶であったことから、死刑反対の意志を貫くが、在任中に横領の罪で逮捕され、服役したあとは住職になった。ファンに人気のあるキャラクターで、全シーズンを通じて12回登場している。

「この頃だったかな。『相棒』のロケ先のホテルで待機していたときに、テレビを点けたんです。そうしたら、今最も人気のある俳優は誰かと、渋谷でインタビューしていて、若い俳優さんたちの名前が挙がっていた。へえと思って見ているうちに、場所を変えてのインタビューが始まった。そこでね、おじいさんが『水谷豊がいいね』と言ってたの。レポーターが『水谷豊さんがこちらでは一番人気でした』と報告するから、こちらってどこだろうと思ったら、巣鴨のとげぬき地蔵だった。僕は昔『表参道軟派ストリート』という宇崎竜童さんが作ってくれた曲を歌ってるとき、リーゼントで革ジャンを着てたんですよ。表参道でナンパしたけど、成功しなかったという歌詞で台詞もあって好きな歌です。以来、ずっと自分のイメージは原宿だと思っていたのに、杉下右京を演るようになってから、巣鴨に飛んでいた」

 巣鴨のとげぬき地蔵は「お年寄りたちの原宿」と呼ばれている。

「『相棒』の人気のおかげでしょうから、喜んでくれているのなら、まあいっか(笑)」

※水谷豊・松田美智子共著『水谷豊 自伝』から一部を抜粋、再構成。

デイリー新潮編集部

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