認知症に希望の新薬! 診断を受けた家族に「絶対にやってはいけないこと」とは? 臨床の最前線に立つ医師が徹底解説

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家庭崩壊の原因は別に?

 私は、アミロイドがたまっていないアルツハイマー型認知症であれば「多くの人が穏やかに過ごしているからあまり心配はいらない。でも物忘れは大変ですよ」とお話しします。「最初は“みっともない”とか“恥ずかしい”と思うかもしれない。だけどできなくなったことにばかり目を向けないで」といった感じです。

 冒頭でもお話ししましたが、認知症と診断されても大半の方はとても穏やかな日常を過ごしています。アルツハイマーは本来、怒りっぽくなったり、攻撃的になったりする病気ではありませんが、例えば本人が物忘れをしたときに家族がそれを叱ったり、「勝手なことをしないで」と非難したりすると、本人も反発して攻撃的になったりする。でも、家族からそういう態度を取られれば、認知症を発症していなくても腹が立ちますよね。また本人が自分自身を情けなく思ったり、ふがいなく思う気持ちが強い場合も、イライラしたりすることはあるでしょう。

 アルツハイマー型認知症が多少進行していても、例えば昔行った旅行の写真を見せながら「このとき楽しかったよね」とか「もう一回お母さんと行きたいわ」といった話をすれば、会話はできると思います。仮に目の前にいる長男を次男と言い間違えても、「自分の大切な息子である」ということは分かっている場合が多い。でも、家族は一縷の望みをかけて「ここに写っているのは誰?」と質問攻めを始めてしまい「違うでしょ! これは妹!」などとエスカレートしてしまう。これでは「あなたはボケたのよ」というのを当人に思い知らせているだけです。

 認知症になって家庭が崩壊するケースもありますが、認知症はきっかけに過ぎず、原因は別にあることも多い。つまり認知症になっても穏やかに過ごせるかどうかは、それまでの家族関係に関わる部分が大きいのです。

“優しさという名の虐待”

 それからよくあるのが、認知症の疑いや初期症状が出たときに家族が無理やり日記をつけさせたり、脳トレを行わせたりと、訓練を強制するケースです。「毎日、記憶力を鍛えるドリルをさせられたり、日付を言わされたりするのが本当に苦痛だった」と言っていた認知症の方がいましたが、これなどは“優しさという名の虐待”と言ってもいいかもしれません。

 確かに、認知症になっても毎日習慣として続けていれば、その能力は維持されるケースがある。ですが、脳トレを毎日やったところで、脳トレで試される能力は維持されるかもしれませんが、他の認知機能が向上することはありえません。もちろんクロスワードパズルなどが好きだった人はそれでいいのですが、そうでないなら「孫と遊ぶ」「家事をする」「趣味を続ける」といったことをトレーニングとして続けた方がよほどましです。

 私もよく講演でお話をしますが、脳にアミロイドがたまることは予防できないけれど、認知症と診断されることは予防できるんです。つまり、毎日、認知症の診断ツールである「長谷川式スケール」の問題を解いていれば、テストの成績が上がるため、認知症と診断されることは回避できるかもしれない。でも「最後まで脳トレをすることが、あなたの望んだ人生ですか」と聞かれれば、多くの人は本意ではないと気付くはずです。

 残念ながら現在の医療では認知症を防ぐことも治すこともできません。だとすれば、できることは恐れることではなく、人によって異なる認知症の時間経過を理解し、備えておくことではないでしょうか。

繁田雅弘(しげたまさひろ)
東京慈恵会医科大学教授・日本認知症ケア学会理事長。1983年、東京慈恵会医科大学卒業。認知症専門医。スウェーデン・カロリンスカ研究所老年病学教室の客員研究員、首都大学東京(現・東京都立大学)健康福祉学部長などを経て現職に。主な著書・監修書に『認知症の精神療法』、『認知症といわれたら』などがある。

週刊新潮 2023年8月17・24日号掲載

特別読物「『人生おしまい』は本当か!? 『認知症』の練習帳 診断編」より

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