藤井七冠が王位防衛で夢の八冠へ 「藤井の将棋はなんとうまくできているのか」
絶妙だった「手待ち」の一手
双方、わずかに持ち時間を残しての攻防は、95手目に藤井の飛車が自陣から「8三」の金を取り成り込む。飛車はすぐ歩で取られるが、もう必要はない。佐々木玉を仕留める金を手にする上、自玉の逃走路を塞いでいた自身の飛車がいなくなり、「一挙両得」だ。
これを見た勝又七段が「詰みはないですね、と読み切っての一手。終わりました」と話したところ、少し前から観念したかのように背筋を伸ばしていた佐々木が投了した。
勝又七段は最も印象に残った藤井の一手として、77手目に放った「2四歩」を選んだ。佐々木が対応に96分かけた一手である。「羽生(善治)さんもよくやる、いわゆる手待ち(自らは重要な動きをせず相手の様子を見る手)の一手ですが、これですぐに相手玉を詰められるわけではない。一方、自分の玉が詰めろ(次に対応しないと詰んでしまう状態)をかけられかねない場面。これだけ怖い局面で手待ちをやれるのは凄い。それもすべて読み切っての手ですから」と絶賛した。
感想戦で藤井は「『2四歩』と手を渡し、その瞬間は自信はなかったが、(89手目の)『7三桂成』で指しやすくなった」などと振り返り、佐々木は「『2四歩』と垂らされて困った。七番勝負を通じて力不足を感じた。さらに精進したい」と話した。
勝又七段は「成績やAIなどの数字的なことを別として、内容的には佐々木七段がかなり迫るものがあり、死力を尽くした素晴らしい将棋でした。敗れた後の大盤解説場での立派な対応を見ても、佐々木さんは将棋界の宝なんですよ。これに挫けず頑張ってほしい」と敗者にエールを送った。
瀬戸大橋を好きな鉄道で渡った藤井
藤井は今回、対局の2日前の20日には徳島入りした。本来、藤井の自宅がある名古屋から向かった場合、車で明石大橋と鳴門大橋と渡るのが近道だ。しかし、今回は新幹線で岡山駅まで行き、瀬戸大橋線と高徳線を乗り継いで徳島に入ったそうだ。
遠回りではあるが、鉄道好きの藤井には嬉しい旅行になったようだ。徳島名物の「うずしお」について訊かれると、「以前に家族で来た記憶があるけど、見えたのかどうかあまり覚えていないので、またいつかゆっくり来たい」と緊張から解放されたかのように微笑んだ。
佐々木はこの夏、棋聖戦と王位戦の2つのタイトル戦で藤井に挑んだが、いずれもかろうじて1勝するにとどまった。それでも藤井が「スコア以上に大変なシリーズだった。防衛できたのは素直に嬉しい」と振り返った通り、内容的には佐々木が肉薄した場面や優位に立った局面も多かった。佐々木が繰り出した新手に、藤井は「経験が少ない展開になった時に方針が定まらず、良くない構想で進めてしまった。中盤から手厚く指されて苦しくなる場面があり、学ぶことが多かった」と語った。
ベトナムのダナンでの棋聖戦第1局から始まった2つのタイトル戦。棋聖戦と王位戦がともにもつれれば最大12局を戦うことになったが、9局で終わった。ライバルとはいえ、2人はこの夏、すっかり親しくもなっただろう。両雄は時に笑い声をあげて、熱心に感想戦をしていた。
(一部、敬称略)