【DJ SODA性被害事件】もしも同僚がセクシーなファッションで出社してきたらどう対処すべきなのか

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フェスでの「性被害」

 大阪の音楽イベントにおける「性加害」問題は、各所で議論を呼んでいる。

 事の発端は、8月13日、野外音楽フェスに出演していた韓国のDJ、DJ SODAがSNSで自らの受けた被害について告発したこと。ステージを降りて観客席に近づいたところ、複数の観客に胸を触られた、というのだ。イベントの主催者が訴えを受けて刑事告発したところ、2人の男性がすでに出頭してきたという。

 証拠の映像が存在し、なおかつ本人が被害を訴えている以上は、シンプルな「事件」なのだが、SNSを中心にさまざまなコメントが寄せられたことから、論点がブレていったようだ。

 もっとも、さすがに彼女が被害を受けたこと自体を否定するような意見はごく少数派である。

 基本的に「いきなり胸を触るのはダメだろ」という点で多くの意見は一致している。

「セクシーなファッションをしていたら被害に遭うのは当然だとでも言うんですか!」という怒りの声は散見されるのだが、実は「当然だ」などと言っている人もそう多くはない。

 一方で、露出の多いファッションをすること、無防備に観客に近づくことは、被害のリスクを高めるのではないか、といった指摘は少なくない。意見は対立しているようだが、そもそもの論点が少しずれている。

 犯罪の問題と危機管理の問題が混在したまま、言い合いが起きているのだ。

 また、さらに問題を普遍化したうえで、「電車など公共の場ではああいう格好をしないでほしい」といった意見も比較的目立つ。8月20日放送の「ワイドナショー」(フジテレビ系)では、コメンテーターの神田愛花がそうした意見を述べていた。こちらも大きな意味では「危機管理」や「社会常識」の問題を論じているといえるだろう。

他人事ではないセクハラ問題

 この話題が「盛り上がる」理由の一つは、他人事ではないと感じる人が多いからだろう。

 軽い気持ちで言ったことや行ったことが「ハラスメント」となるケースを見聞きする機会は多い。当人にはまったく悪気はなくても、「加害者」とされることもある。それゆえに、常に「セーフとアウトの境目」は多くの関心を集めるのだ。

 自分の身近で似たようなことが起きたらどうなのか。そう考えると、つい意見を言いたくなる。すると、それに対して反論が寄せられて……といったこともまた議論が盛り上がっている背景にありそうだ。

 今回の事件をケーススタディーとして捉えた場合には、いろいろな疑問が浮かんでくるだろう。

 たしかに胸を触るのはやりすぎだ。お尻もダメだろう。ではこれが二の腕ならば許容されたのか。頭部だったらどうなのか。

 彼女は観客とハグをすることは否定していないらしい。しかしその際に胸部が接触したらやはりダメなのか。

 触らないとして、目の前に来た彼女の体を凝視したらどうだったのか。

 DJが男性だった場合、体をベタベタ触ってもいいのか。それもダメなのか。

 被害の認定において感情が占める部分があるため、性被害やセクハラに関しては常にこの種の疑問が呈示される。

 職場で考えると次のようになる。

 露出の多いファッションをしてきた女性社員に対して、「すごい服装だね」と口にしたらハラスメントになるのか。それをジロジロ見たらハラスメントなのか。

 筋肉自慢の男性社員に同様のコメントをしたらどうなるのか。彼の胸板をジロジロ見たらハラスメントになるのか。

 あるいは男性の上司が女性の部下の肩をたたいて励ましたら、「タッチ」があったのでハラスメントか。

 女性の上司が男性の部下の背中をバーンとたたいても「ハラスメント」か。

 いろいろなケースを考えれば考えるほど、どこに正解があるのか悩んでしまう方も多いことだろう。

セクハラは当事者の被害意識が重要

 職場でのハラスメント問題に詳しい弁護士の井口博氏は著書『パワハラ問題―アウトの基準から対策まで―』の中で、職場等で働くうえで覚えておくべきシンプルな原則を述べている。それによるとセクハラとそれ以外のハラスメントは区別すべきだという点だ(以下、引用はすべて同書より)

「相手が不快に感じればパワハラだと言われることがある。しかしこれは誤解である。

 そうではなく、上司からの指示や指導が業務上必要かつ相当な範囲であれば、たとえ部下が不快に思ってもパワハラにはならない。

 しかしパワハラはそうであっても、セクハラは違う。相手が不快と感じたときはセクハラになる。それは定義を比べてみるとわかる。

 パワハラ防止法では、パワハラの定義は、

『職場において行われる優越的な関係を背景とした言動であって、業務上必要かつ相当な範囲を超えたものによりその雇用する労働者の就業環境が害されること』

となっている。

 他方、セクハラの定義として、例えば人事院規則では、

『他の者を不快にさせる職場における性的な言動及び職員が他の職員を不快にさせる職場外における性的な言動』

 となっている。

 この両者の定義を比べてまず気がつくことは、パワハラには『業務上必要かつ相当な範囲を超えた』という要件があるが、セクハラにはこの要件がないことである。

 ということは、定義上、セクハラは相手を不快にさせればセクハラになるが、パワハラは上司の言動が業務上必要かつ相当な範囲を超えなければ、たとえ相手が不快になってもパワハラにはならないということである。

 仕事で部下に指示をしたとき不快になる部下はいくらでもいる。もし相手が不快になればパワハラになるとすると、仕事を指示して部下が不快になればそのたびに上司はパワハラをしていることになってしまう。そうなると、上司は部下のごきげんをうかがって、部下が不快にならないように気を使った指示しかできない。そのようなことは日常業務では不可能である。

 このような定義の違いを頭に入れておかないと上司は必要以上におびえることになる」

 これによれば、部下に厳しめの指導をした程度では簡単にパワハラだと訴えられるおそれはなさそうだ。が、一方で、この理屈でいけば、セクハラに関しては「言われたらおしまい」という感じである。

 例えば男性の上司が女性の部下の体形について何か言うのが今時アウトになるのはわかりやすいが、ファッションを褒めた程度でもアウトになりかねない。あるいは運動部出身の男性の部下に「いいガタイしてるなあ」と言ってもアウトになることにならないだろうか。

 実は結論から言えば、法的にはいずれもアウトとなる可能性はあるという。

「例えば上司が女性の部下に、『その服、似合ってるね』と言ったが、その女性はとにかく服装のことを言われること自体が不快だとする。このときにはその女性にとってこの上司の発言はセクハラであるが、上司にセクハラの責任まではないだろう。こう言われて喜ぶ女性もいるからである。

 もし上司が、女性が不快に感じたことを知ったときには、『そうだったのか申し訳ない。不快とは知らずに言ってしまった。これからは言わないようにする』と言えば、ひとまずはよいだろう」

「つまり相手が不快になればセクハラになるとしても、その言動をしたことでどこまで責任を負うかは別だということである。この責任というのは具体的には会社が懲戒処分などを科すことを言う。

 セクハラの責任は、職場での平均的労働者がその言動で不快と感じるかどうかで判断される。もし平均的労働者が不快になるとは言えない場合はセクハラの責任までは負わない」

 つまり、相手がセクハラを主張してきたら、それを否定することは難しい。ただし、責任を追及されるか否かはその先の問題である、ということになる。胸などを触るという行為は一発でアウトだろうが、日常会話の延長線上のようなものであれば、「平均的労働者が不快になる」とは普通は思われないので、いきなり責任を追及されるまでには至らないということである。男性に対して「いいガタイしてるなあ」というのも、普通は責任を追及されないだろう。

 従って、同僚のファッションについての感想を口にすることですぐに責任を追及されることはないかもしれない。ただし、「そういうの嫌なんでやめてください」と言われたあとは慎むべきである。

 もちろん、いかなる相手であろうとも、基本的にいきなり触ったりしてはいけないのは社会人として当然の常識だろう。また、ある種のサービス業を除けば、胸を触るのがOKという場面は極端に少ないのも間違いない事実である。

『パワハラ問題―アウトの基準から対策まで―』(新潮新書)から一部を引用、再構成。

デイリー新潮編集部

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