「あなたってけっこう偽善者なのね…」 44歳夫は浮気相手から指摘されて、それまでの価値観がなぜ簡単に壊されたのか

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「あなたってけっこう偽善者なのね」

 ただ、問題なのはふたりとも結婚していたことだ。こんなことがあの伯母さんにバレたら、私、殺されるわと遙香さんは言った。朝美さんの母のことだ。遙香さんが言うには「朝美ちゃんのお母さんは、昔からけっこうヒステリックな人だった」そうだ。

「私たち、きっといつか一緒になるような気がする」と遙香さんは言った。それまで苦しい日々が続くけど、時間を作って会おうねと言われ、彼も涙ぐみながら頷いた。遙香さんがどういう人なのか、本心はつかめない。それなのに、もう彼女から離れることはできないと思ったし、別々の家に帰らなければならないと思っただけでせつなかった。

「遙香の夫がまた、いい人なんですよ。遙香より一回りも年上だけど、妻をものすごく愛しているのが伝わってくるような人。そんな彼には申し訳ない気持ちでいっぱいだった。遙香は『あなたってけっこう偽善者なのね』と言いました。図星だった。ギクッとしました。自分でも、偽善者ぶっていることに気づいてはいた。穏やかに楽しく暮らしたいと言ってきたけど、それもまた偽善だったんだと、遙香に言われて気づいたんです」

 小学生でのいじめに端を発した彼の価値観が、遙香さんによっていとも簡単に壊された。自分自身が瓦解していく感じは怖かったけど、気持ちのいいものでもあった。激しい恋は、お互いの価値観を壊すところから始まるのかもしれない。

歯車がかみあって…

 その後、遙香さんは仕事を見つけて働き始め、時間をやりくりして逢瀬を重ねる日々が続いている。

「僕は朝美とはケンカひとつしたことがないんです。でも遙香とは激しい言い争いをすることもある。朝美には本音を出せないけど、遙香には体ごとぶつかるように言いたいことを言える。遙香も夫とはケンカしないそうです。僕らはけっこうケンカするから、合わないのかなと不安になったことがあるんです。そうしたら遙香が『違うわよ、お互いをもっと深く理解するために言葉を駆使して伝えようとしてるのよ、本当の気持ちを』って。確かにそうなんです。遙香にはわかってほしい、遙香にだけは誤解されたくない、僕の心のすみずみまでわかってほしい。そういう思いが止められない」

 出会うまで30数年もかかったのだ。すべてをわかりあうことなどできるはずもない。お互いに相手の知らない日常も横たわっている。それを越えることはできない。ときどき智士さんはそう考えて、絶望的な気持ちになる。そんなとき遙香さんは笑って言う。

「だから会うのよ、だから抱き合うのよ。言葉だけじゃないところで私たちはわかりあっている」

 身も心も激しくぶつかりあう日々は、智士さんをときに疲弊させる。朝美さんにバレそうになって慌てたこともあるが、遙香さんはそれすら「ちゃんとごまかさなくちゃダメよ」と手厳しい。

「悪魔か、この女はと思うこともあります(笑)。だけど、その悪魔は僕の心に住み着いてしまった。そして僕は悪魔がいないと生きていけない。本人に悪魔のような女だなと言ったこともある。そうしたら『それが好きなくせに』と言われました」

 完全に彼が牛耳られているように聞こえるが、彼女の側からしても同じ思いなのだろう。歯車ががちっとかみ合って、そのまま回り続けるしかないところに来ているのだと彼は言った。

 週に何度も会えるわけではない。会いたくても会えない日が続くと、彼は芯を失ったように心がふらつくという。

「結婚という形はどうでもいいんです。重要なのは、遙香に会うこと。一緒にいる時間をとること。来週はどういうスケジュールを組めば彼女に会う時間を捻出できるのか。そればかり考えてしまいます。仕事や家庭よりも、彼女に対していちばん比重がかかっているかもしれない。会っている時間は短くても、とにかく濃い関係を築いている。その実感はあります」

 穏やかな恋ではない。全身全霊で向き合わなければ、すぐに見抜かれる。そして彼自身も、遙香さんに対してだけは手を抜けない。気楽にもなれない。だからこそ、彼は燃えている。

亀山早苗(かめやま・さなえ)
フリーライター。男女関係、特に不倫について20年以上取材を続け、『不倫の恋で苦しむ男たち』『夫の不倫で苦しむ妻たち』『人はなぜ不倫をするのか』『復讐手帖─愛が狂気に変わるとき─』など著書多数。

デイリー新潮編集部

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