小学校時代の壮絶イジメが原因で 「穏やかな暮らし」を求めた44歳男性の変心 「彼女の夫は自分のはず」 と思ってしまった瞬間 【不倫の恋で苦しむ男たち】
「みんな穏やかに平和に暮らそうよ」
ちょうどそのころ、両親が離婚した。当時、彼が育った地域で離婚は珍しかったから、さらに注目された。2歳年上の兄は父とともに出て行き、彼は母と残った。以来、父とも兄とも会わないまま大人になった。
「本当は僕が父と出て行きたかった。母のことが嫌なわけではなかったけど、あの土地から離れたかった」
だが離れることはできなかった。絶望から逃れるためには勉強するしかなかった。朝から晩まで働く母に代わって家事を担いながら、彼は勉強した。いつかあの教師に一泡吹かせてやる、クラスの全員をびっくりさせてやる。そう思っていた。
ところが中学に入る前に、いじめは突然、やんだ。他のターゲットができたわけでもなく、中心になっていじめていた子が、親の転勤で越していったのだ。
「たったひとりの意志で大々的ないじめが繰り広げられていたとわかりました。中には僕に謝ってきたヤツもいた。いじめてやろうと言ったヤツにどうして賛同したのか聞いたけど、理由ははっきりしませんでした。集団心理なんでしょうね。人間、集まるとろくなことはしないなと思った記憶があります」
だから常にその場での中心人物の悪意の度合を図ってから、自分の立ち位置を決める。彼にはそんな習性が備わってしまったそうだ。
「いじめられた記憶は薄らいではいったけど、忘れることはできませんでした。同時に、僕自身は、人を排除したり悪意をもって接したりすることだけはやめようと決めたんです。みんな穏やかに平和に暮らそうよって。そればかり思って生きてきました」
大学入学がスタート地点だった
高校を卒業したら働いてほしいと母親は思っていたようだが、彼は高校時代にアルバイトで貯めたお金を使って、「実力を試すために」東京の国立大学を受験し、受かってしまう。
「仕送りはいらないと言い残して上京しました。4年後には僕が仕送りするからと。離婚後の母は本当に大変だったと思うけど、いつもつらそうだったから、なんとなく無言の抑圧を感じていました」
彼の人生は大学入学とともに始まった、そこがスタート地点だったと彼は言う。いい会社に入りたいという気持ちはあまりなかった。とにかくあらゆることから解き放たれて、毎日を楽しく生きたかった。
「とはいえ、アルバイトと講義でいつも心身ともに疲れていましたけど。それでも楽しかったですね。語り合う仲間もできた。心のどこかでひっかかっていたんでしょうね、学生時代に昔のいじめのことを友人に話したんです。そいつ、目に涙をためて僕に酒をついでくれた。それですべてが報われたような気がします。そいつとは今もときどき会っています」
その友人、悠一さんのために、彼は恋の仲立ちをしたことがある。悠一さんが好きな同級生に告白できずに悶々としていたので、代わりに彼の気持ちを伝えたのだ。相手の朝美さんは、「私が好きなのは智士くんなのに」と言った。
「ごめん、聞かなかったことにすると言うしかなかった。実は僕も彼女のことが好きだった。でも悠一を裏切るわけにはいかなかったから」
卒業して、「そこそこ」の会社に入社した智士さんは、5年後に朝美さんと再会、友人としてつきあっていたが、だんだんお互いの気持ちを意識するようになって結婚した。すでに別の恋人がいた悠一さんは、大きな笑顔で祝福してくれたという。
「今思えばということになってしまうけど……。あのとき、少しだけ悠一に対して自分が優位に立ったような気がしていたのかもしれないなとときどき思うんです。いい子ぶって、いじめからきちんと立ち直ったみたいな気でいたけど、実は僕の中にはいじけた本性があって、どこか他人にマウントをとりたい気持ちがあったのではないかと……。客観的に見たらそう思いませんか?」
智士さんはインタビュー中、ときどきそうやって質問を投げかけてきた。客観的でありたい思いが強いのか、あるいは自分の過去を心の中でやはり受け入れられずにいるのかはわからない。ただ、自分はこう思う、あなたはどう思うかと尋ねてくる彼の会話の進め方は感じが悪くはなかった。少なくともひとりよがりのまま突っ走ってしゃべり続ける人より、ずっと穏やかな印象である。
ともあれ、彼は朝美さんというパートナーを得て、人生をさらに一歩押し進めた。
「朝美との結びつきは、友情の部分が強かったような気がします。彼女となら一緒に気軽に歩いていける。そう思っていました。彼女、ひとりっ子なので彼女の実家で親と同居ということになりました。両親もすごくいい人だったし、家が広いんですよ。こんな広い家にふたりで住むのは寂しくてねと言った義父に、僕はどこか自分の父を見ていたのかもしれない」
穏やかに暮らす。それが目標だった彼は、朝美さんの両親と揉めるとは考えもしなかった。
後編【「あなたってけっこう偽善者なのね…」 44歳夫は浮気相手から指摘されて、それまでの価値観がなぜ簡単に壊されたのか】へつづく
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