韓国で波紋を呼ぶ「ソウル・小学校教師自死事件」 左派の「条例」と「ママ虫」に根本的原因か
「保護者パワハラ」
「保護者パワハラ」の実態も次々に明らかになっていった。
Aさんと同僚だった教師がカカオトーク(LINEに似た韓国で人気のSNS)のプロフィールにAさんを追慕するリボンの写真を掲載した。すると、それを見た保護者が「写真が生徒たちに否定的な影響を及ぼしかねない。写真を変えろ」と、命令に近いメッセージを送った。送られてきた同僚教師はそのメッセージをキャプチャーしSNSに掲載。うわさのレベルだった「保護者パワハラ」の実態を全国民が目の当たりにすることになった。
これまで知られていなかった、保護者の教師に対するパワハラの事例をマスコミは詳しく報道し、論議は続いている。報道によると、現場となった瑞二小学校は保護者のほとんどが富裕層で、教師に向かって「私の職業は何だと思う? 弁護士だ」と見下す態度の保護者が多数いたという。
また、他の学校でも母親が担任教師に「子供がギブスをしているので毎朝、車で登校させてほしい」と要求したり、「あなたはどこの大学出身なのか」、「あまり大声で授業するな」、「私の子供に『するな』というな」など、高圧的なやりとりが行われていることも次々に報じられている。
「マムチュン」
韓国内では今回の事件の原因が「学生人権条例」にあるという声もあがっている。過去に左翼政党とそれを支持する教師労働組合が推進して制定した条例で、名前のとおり生徒の自由と人権を尊重するための趣旨で企画された。もともと韓国で教師は強大な権威をもっており、生徒に暴行を働く、保護者から裏金を受け取る、特定の生徒にだけ試験で利益を提供するなどの不正を行っていた。条例は、一部に残っていたこうした旧弊をなくそうという趣旨だった。
ところがこの条例が施行されて10年が経ち、むしろ生徒が増長。教師を無視して暴行するなどの事例が頻繁に起きるようになった。教師は生徒を訓戒することもできず、やられる一方になってしまった。そして保護者も子供と一緒に教師にパワハラをはじめたのだ。
また韓国の「マムチュン」が生み出した事態だという声も強い。韓国では誰かを卑下するとき、末尾に「虫」をつける。「マムチュン」は母親を意味する「Mom」に「虫」を合成した言葉で、我が子可愛さで、他人に迷惑をかけても気にしない非常識な母親を指す。例えば、食堂やカフェなど公共の場所で子供が騒ぎ、他の客に迷惑をかけても、「子供だからあなたが理解して」という態度で気にしないなどがマムチュンの典型である。
2010年代に入ってこのようなマムチュンが増加し、社会的な問題にもなった。食堂やカフェのなかには、子供の入店を拒んだり嫌悪するところが出たほか、マムチュンではない母親さえも卑下の対象になることも発生した。
今回のAさんの死はいまも調査が進んでいるが、保護者のパワハラ行為との関連が確定すれば、マムチュンが彼女を死に追いやったといえるかもしれない。マムチュン自身は、自分が子供にとって最高の母親だと感じているかもしれないが、結果、子供が将来のマムチュンになってしまう可能性もある。悪循環は続くだけだ。
大統領と教育当局は、教師の権利を向上させるよう法律を改正し、同様の事件を防ごうとしている。だが、マムチュン自身がマムチュンの深刻性を認識し改める努力をしないかぎり、教師たちの精神的な被害は今後も続くだろう。