甲子園史上“最も壮絶な打撃戦”、智弁和歌山が13対12で帝京にサヨナラ勝ち…帝京時代の「杉谷拳士」「中村晃」も熱く燃えた!

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「正直、私はあきらめていたが、選手の気迫が強かった」

 そして、大会史上初の1チーム6人目の投手として、打撃投手を務めていた岡野裕也が登板したが、勢いづいた智弁和歌山打線を止められない。1死を取ったあとに同点タイムリーを許し、さらに連続四球で痛恨の押し出しサヨナラ負け……。

 前田監督は、自著『鬼軍曹の歩いた道~帝京一筋。高校野球に捧げた50年』(ごま書房新社)の中で、「私が勝見をマウンドに送るまでは計算していたものの、その先をまったく考えていなかったことがいけなかった。どの選手にマウンドを託すのか、正直迷いが出てしまった」と回想している。だが、「(代打の相談で)私のほうから選手の輪に入り、ともに戦うことの大切さを再認識し、死力を尽くした」という意味で後悔はなかったという。

 一方、勝った智弁和歌山・高嶋仁監督は「(9回表に)8点取られて正直、私はあきらめていたが、選手の(「向こうが8点入れたのなら、ウチも入らないわけがない」という)気迫が強かった。すごい試合をやってくれたと思う。チームがこんなに勝ちたい気持ちを見せたのは初めて」と語っている。

 終わってみれば、13対12の大乱戦。智弁和歌山の1試合5本塁打と両軍合わせて7本塁打は大会新記録となり、勝利投手の松本利樹と敗戦投手の杉谷がともに「1球勝利」、「1球敗戦」というのも、“前代未聞”の珍事だった。

久保田龍雄(くぼた・たつお)
1960年生まれ。東京都出身。中央大学文学部卒業後、地方紙の記者を経て独立。プロアマ問わず野球を中心に執筆活動を展開している。きめの細かいデータと史実に基づいた考察には定評がある。

デイリー新潮編集部

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