作家・須藤古都離が上原ひろみのライブを聴いて大学中退を決めた理由とは?

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燃えカスのような大学時代

 2022年、メスのゴリラを主人公に据えた衝撃作「ゴリラ裁判の日」で第64回メフィスト賞を受賞しデビューした作家の須藤古都離さん。作家を志す前の学生時代、進むべき道に迷っていた彼は、ある一人の音楽家と出会い、人生の矜持を得たという――。

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 僕は音楽が好きだ。高校ではマンドリンという少々マイナーな楽器のオーケストラで指揮者をしていた。音楽に向き合うのはツライ。部員と向き合うのは更にツライ。あの日々をよく生き延びられたなぁ、と今でも思う。そのままエスカレーターで入った大学で同じ部活には入らなかった。このままでは心が死んでしまうと思った。

 その後の僕は燃えカスのようだった。大げさではなく、生きる理由も目標も見失っていた。大学には通わず、バイトしてライブに行くだけの生活だった。

 そんな時に上原ひろみさんの音楽に出会った。2006年12月、3枚目のアルバム「スパイラル」ツアーの最中だった。

 僕はずっと洋楽派だったし、映画もドラマも小説も海外のものにしか触れていなかった。自分が日本人であることに言いしれない劣等感を覚えていた。日本人の、しかも若い女性が世界で一番カッコいい音楽を演奏している。上原さんのライブを見た時にそう感じた。ドラムのマーティン、ベースのトニーも最高に良かったが、上原さんのピアノは圧倒的だった。

ライブ帰りに大学中退を決定

 アルバムの1曲目「スパイラル」、トニーの滑らかなソロの裏でピアノはベースラインを弾き続け、シンセのコードが徐々に緊張感を増していく。最高潮に達してテーマに戻る流れは感動的だ。もがき、苦しみ続けて、活路を見いだすような音楽なのだ。

 彼女のライブから帰る途中、大学を中退することを決めた。自分でも何か意味のあることができるような気がして、再出発がしたかったのだ。休学すればいいじゃないかと周りに言われたが、そんな中途半端な気持ちではなかった。

 まずは渡米して映画監督になる、という目標を立てた。友人にもそう豪語した。その後、友人に会うたびに「須藤、まだ生きてたのか!」「まだ日本にいるのか!」と言われるようになった。そのうちに映画監督の夢はどうでもよくなり、とりあえず海外に行きたくなった。どこに行こうかと世界地図を見ているうちに、紛争や国際政治に興味が湧き、大学に入りなおして勉強することにした。

 何度も目標を立て直して、どこかでくじけるか心変わりして別の何かを探す。その繰り返しで、いつの間にか小説家になっていた。結局のところ行き当たりばったりの人生なのだ。

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