対米開戦は不可避ではなかった――78回目の終戦記念日に歴史家たちが考える「歴史のif」

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 今振り返ってみれば、国家の自殺的決断ともいえる「対米開戦」。無謀ともいえるその判断は、アメリカの「ハル・ノート」を受けて、昭和16年(1941年)12月1日、昭和天皇も交えた御前会議で下されたが、そこまでに至るまで、伏線となるさまざまなファクターが存在していた。

 あのような失敗を繰り返さないためにも、そこに至るプロセスを振り返ることは、80年たった今も必要なことかもしれない。『日本の戦争はいかに始まったか―連続講義 日清日露から対米戦まで―』(新潮選書)の「第九章 対米開戦の『引き返し不能点(ポイント・オブ・ノー・リターン)』はいつか」では、対米戦が不可避だったかどうかについて、日本近現代史の泰斗たちが質疑応答形式で答えている。...

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