新しいテクノロジーで「お金」のサービスを作る――辻 庸介(マネーフォワード代表取締役社長CEO)【佐藤優の頂上対決】
2本の柱ができるまで
佐藤 それで「マネーブック」からは、撤退されたのですね。
辻 リリースから2、3カ月でやめました。そこで学んだのは、自分のお金の情報を他人に知られてもいいと思う人はほとんどいないことです。ただそれでも、自分のお金についてきちんと把握したいというニーズはある、と思った。そこですぐにピボット(業態変更)して、約半年後には現在に続く「マネーフォワード ME」を作りました。ネット上の銀行や証券の口座、クレジットカードや電子マネーの情報が一覧できる電子家計簿です。
佐藤 そんな短期間に開発できるものなのですか。
辻 ネット上にある、いくつもの異なる金融機関の口座情報を一つのスクリーンに集約して表示するサービスを「アカウントアグリゲーション」と言います。当時、そのエンジンを作れる人物は日本で数えるほどでしたが、その一人がメンバーの中にいたんですね。その彼とソニー時代の同期の二人がメインで作り上げました。
佐藤 辻さんもプログラムが書けるのですか。
辻 少しはできますが、プロじゃありません。僕はアイデアくらいしか出せない。そしてそのアイデアは1%くらいの価値しかないと思っています。決め手はエグゼキューション(実行)です。3千以上の項目を作ってプログラムを書く、それをやり切る力なんです。
佐藤 それにはものすごい労力が必要です。
辻 ワンルーム時代は、朝から晩までみんなが仕事に没頭し、熱量がすごかったですね。その実行力がユーザーの期待値を超えた時は、すぐに反応があり、口コミで広がっていく。そうすると社内が盛り上がる。
佐藤 スタートアップには、必ずそういう時期がありますね。
辻 「マネーフォワード ME」の翌年には中小企業向けに「マネーフォワード クラウド会計・確定申告」を作りました。これはソニーの経理部時代の経験が生きています。あのソニーですら、経理部は紙だらけで夜中まで手作業で入力していた。「この非効率さは何だ」という怒りが、紙をなくし、計算を自動で行ってくれるクラウド会計に結びついたんです。
佐藤 そこはまさに自動化するべき仕事です。
辻 さらにクラウド請求書やクラウド給与、クラウド勤怠とサービスを拡充していくのですが、これらを使えば、煩雑な作業が自動化されるだけでなく、企業経営の数字が簡単にわかります。さらにそれをもとに僕たちがオンライン・ファクタリング(売掛債権を期日前に一定の手数料を差し引いて買い取る)で、資金繰りの改善に貢献できる。
佐藤 こちらは法人相手で、販路が違います。どうやって広めていったのでしょう。
辻 ITサービスですから、いいものを作れば、ウェブで見つけてくれる、だから営業は必要ない、と初めは思っていたんですね。それで週に1回セミナーを開いて、サービスの説明をして回っていました。でも、なかなか広まらない。そんな時、セミナーの後で「辻君、これを広めたいなら税理士と一緒にやらないとダメだよ」と話し掛けられたんです。
佐藤 ああ、まずプロにアピールするわけですね。
辻 それが大阪のトリプルグッド税理士法人の実島誠先生で、その業界では非常に有名な方でした。先生は「マネーフォワード ME」も使われていて、ITのお金のサービスにものすごく詳しかった。その先生から、いいサービスだと認めていただいた一方で、他社の会計ソフトは税理士さんが勧めることで広まったということを教えてもらった。そこで営業部隊を作って、全国を回るようにしました。
佐藤 そこからは順調に伸びた。
辻 いや、大変でしたね。税理士事務所を回っても、立ち上がったばかりのベンチャーに、しかも赤字企業に会計を預けるのは怖いわけです。せっかく提案の機会をいただいても、開始5分でお断りとなるなど、けんもほろろでした。ただ実島先生は大阪で顧問先が千社以上あり、そこに入れてくださった。それでトリプルグッドさんが使うなら使ってみようということで、広まっていった。
佐藤 いい商品だから、そういう運を生かすことができる。
辻 この実島先生と徳島県の税理士法人アクシスの川人洋一先生のお二方は恩人中の恩人ということで、東証マザーズ上場のセレモニーでは、鐘をたたいていただきました。
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