30年前、ご成婚にかき消された「報道協定」の真実 山梨県警幹部は「少し恥ずかしいことになっただよ」

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報道協定に意味はあるのか

 報道協定は、誘拐事件以外の例外も結果的にはあるものの、基本的には誘拐で結ばれる報道自粛の約束事なのは間違いない。1960年に都内で起きた小学校に通う7歳の男児・尾関雅樹ちゃん誘拐殺人事件で、犯人が事件報道によって精神的に追い詰められ被害者を殺してしまったことをきっかけにシステムができた。

 報道の自由と人命尊重をどう両立させるかという難しい着地点を探る試みだ。警察とマスコミ各社との間で結ばれると思われがちだが、あくまでも警察からの要請を受けた報道各社の間で自主的に結ばれる紳士協定というタテマエ(建前)になっている。

 TBS系列の人気ドラマ枠「日曜劇場」で昨年、嵐の二宮和也さんが主演した「マイファミリー」でも報道協定は当たり前のように取り上げられ、小説やドラマ、映画で現在も普通に出てくる。報道協定はこれまでに数十件が締結されてきた。

 2006年6月に起きた渋谷女子大生誘拐事件では、美容外科医院の院長を務めるカリスマ女医の一人娘が大学への通学途中、犯人グループに誘拐されて身代金3億円が要求され協定が結ばれた。島田紳助さんが司会を務めたクイズ番組「世界バリバリ★バリュー」で、母親がセレブ(資産家)として紹介されたことが犯行動機につながっていた。

 事件は無事解決をみたが、監禁先のマンションに突入した警視庁の捜査員に犯人が軍用の旧ソ連製自動式拳銃「マカロフ」を発砲。当時筆者は 、警視庁記者クラブに所属していたが、綱渡りの捜査状況をリアルタイムで取材していて、捜査員があと一歩のところで射殺されていた極めて危険な現場だったことを詳細に知り、「報道で犯人を刺激していたら最悪の結果になっていたな」と“寒気”すら覚えて、報道協定の必要性を改めて痛感した。

 あれから17年。だが現在、協定はすっかり有名無実化している。

 最大の要因はSNS(交流サイト)の定着にある。いくら報道を控えても、警察関係者やマスコミ関係者の家族や周辺者、偶然事件に気付いた第三者などから情報が漏洩する危険性は以前の比ではないからだ。そして一旦漏れれば、もう止められないのがネット社会。また、防犯カメラや車載カメラ(ドライブレコーダー)の爆発的な普及は捜査の手法を大きく様変わりさせ、事件は発生から解決まで驚くほどスピードアップした。協定を結ぼうとしている間に解決していた事件も実際にある。報道協定は歴史的役割を既に終えたという意見も、よく聞かれるようになった。

 有名無実化の大きな要因はもう1つある。「報道協定は必要」と力説する警察側の最たる論拠は「誘拐犯逮捕の唯一最大のチャンスは、身代金の受け取り現場に姿を現した一瞬だから」というもの。しかし今は仮想通貨(暗号資産)がある。身代金を直接受け取りに来て姿をさらす危険を冒す必要はないのだ。「実空間」ではなく「サイバー空間」で取り引きは成立する。サイバー攻撃でPCを麻痺させ、麻痺を解消させるのと引き換えに身代金(ランサム)を要求するコンピューターウイルス「ランサムウェア」の被害は世界規模で広がり、巨額の身代金が仮想通貨で支払われている事実が米司法省のプレスリリース(報道発表)などで明かされている。

 本栖湖の件がうやむやになったのは、直近の誘拐犠牲者が地元の超有力代議士親族だったこと、報道協定はメディア側の判断ミスとなる建前であること、そして何よりも国家的慶事の日に重なったこと、これらの複合的な事情からだった。

大島真生(おおしま・まなぶ)
1968(昭和43)年、東京都生まれ。新聞記者。産経新聞東京本社社会部で警視庁捜査一課担当、警視庁サブキャップ、同キャップ、警察庁担当、宮内庁キャップ等を歴任。著書に『公安は誰をマークしているか』(新潮新書)、『愛子さまと悠仁さま――本家のプリンセスと分家のプリンス』(同前)。

デイリー新潮編集部

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