名手・辻発彦氏は36年前、“清原の涙”に何と言ったのか ピンチで選手に掛ける一言の意味を語る

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野球観を変えた森祇晶監督の言葉

 ある年のシーズン終盤、優勝を争う大事な試合の最終回だった。

「ノーアウト一・二塁で私が打席へ。当然、送りバントのサイン。しかし、2球続けて失敗してサインはバスターに変わりました。でも、ショートゴロでゲッツー。最悪の結果です。その後、秋山(幸二)がヒットを打ってくれて試合には勝ったのですが……」

 この時、辻氏は初めて「野球の怖さ」を知ったという。自分のミスでチームが失速し、優勝を逃すようなことになったらどうするのか。これまで、監督、コーチ、スタッフそして選手たちで築き上げてきたものが、すべて台無しになる……。試合後、風呂にも入らず、ロッカーで一人、涙を流した。

「悔し涙というより、野球の怖さを知った涙ですね。一つのミスの怖さというのかな。それで、石毛(宏典)さんも声を掛けてくれたんだけど、自宅に帰って深夜に森(祇晶・監督=当時)さんから電話をいただいて、その時に掛けていただいた言葉は、自分の野球観を変えるものでした」

 森氏は「普段からいい加減に練習したり、不規則な生活態度をとっていれば、チームメイトやファンは今日のミスでお前のことを責め、そして色々なことを言うだろう」と言って、こう続けた。

「日頃から全力で一生懸命やっている人間に対して、文句を言うやつはウチのチームには一人もいないはずだ。ここまで、お前の守備とバッティングのおかげで、ウチはどれだけ勝たせてもらっている?」

 勝ち負けはもちろんだが、プロ野球選手として大事なのは、日頃から真摯に野球に取り組むこと。練習を繰り返し、課題や問題を克服していくこと。これが一番大事なのだと森氏の言葉で教わったという。

 森氏の前任監督・広岡達朗 氏の元でも辻氏は2年間を過ごしている。「管理野球」で知られ、走り込みにはじまり、基礎練習をみっちり仕込む。管理は食事など私生活にまで及ぶ。そして、選手を褒めることはまずない。特に新人時代の辻氏には「お前よりアイツのほうが上手い!」「それはアマチュアの捕り方だ。プロじゃ通用しない!」など、厳しい言葉が掛けられた。

 その最中、二塁でダブルプレーの練習をしていた際、生来のひじ関節の柔らかさを生かして右手でバックトスを決めた。

「ほお……誰でも一つくらいは取り柄があるもんだ」

 広岡氏は表情を変えずに言った。最初で最後の“誉め言葉”だった。

「書店に行くと名言集や誰々の言葉といった本がたくさんありますね。でも、言葉というのは、言う人間よりも受け取る側の気持ちなのではないかと僕は思うんです。どんな言葉でも、それをどのように受け止めるかで相手は変わります。例えば、広岡さんの一言も、いつもの嫌味ととらえてしまえばそれで終わり。『なんだ、クソ!』と不貞腐れてしまうかもしれない。でも、僕は何を言われても前向きにとらえ、その後の練習の糧にしました。何しろ入団当初は下手でした。そんな僕を熱心に指導してくださったおかげで上達し、プロでやっていける体力と技術を身につけることができたのですから」

 名言を考えたり暗記したりするのもいいが、大切なのは、言った相手にどう伝わるか。そのことを監督になってより強く実感したという。

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