妻に命を救われ、義父の助けで再就職…「幸せに麻痺していた」46歳夫はなぜ不倫相手に同化し、のめり込んだのか

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好転しはじめた人生

 連絡先を交換し、彼女は気になるのかたびたび連絡をくれるようになった。ときどき一緒に食事をし、彼女が彼のアパートに来ることもあれば、彼が彼女の両親と住んでいる家を訪ねることもあった。

「彼女の父親は、一部上場企業の役員でした。うちの親が僕に期待した地位です。なんとなく引け目があったけど、いい人でね。娘を信頼しているからこそ、僕にも優しくしてくれた。彼女には弟がいるんですが、彼はすでに家を出ていました。たまたま会ってみんなで夕食をとったこともあります。誰もがごく自然に話をして、それに誰かが答えて……。お父さんは家の中ではけっこういじられキャラで、柊子とお母さんがすぐにツッコミを入れる。家庭ってこういうものだったのかと目から鱗が落ちるような思いでした」

 少しずつ彼女の家になじんでいったころ、父親から「転職するつもりはないか」と聞かれた。会社を辞めようと思いながらも辞めきれずにいた彼を見かねたらしい。

「お父さんはいい人だから、『娘ときみとのつきあいは、大人同士だから干渉しない。それとは別に、きみにやる気があるなら、うちの関連会社に入ることは可能だと思う。先方の考えもあるから確約はできないけど』って。考えてみたら、柊子の父親は、僕が初めて全面的に信じた大人かもしれません。彼が言うなら、もう一度、生き直してみようかと気持ちが前を向いていきました」

 彼は面接に向かった。技術や知識より人生観を聞かれた。柊子さんの父親のおかげでポジティブになっていた彼は、自分の親との関係を正直に話しながらもそれでも生きていくこと、周りの人たちの気持ちに気づくことが重要だと語った。あとから柊子さんの父親に「深い人間性をもつ凌大くんに、みんな感じ入るところがあったようだよ」と言ってもらった。

「誰かの気持ちをありがたく受け取って、それをまた誰かに返していく。人ってそうやって生きていくものなんだなと痛感しました。この人の娘である柊子と結婚して家庭を作りたい。本気でそう思ったんです」

 転職し、数ヶ月後には柊子さんの妊娠がわかってすぐに婚姻届を出した。デキ婚とはいえ、最初から結婚するつもりだったのだ。なにもかも手に入れたと彼は思った。幸せというのはこういうことかと毎日感じていたという。自分で自分が生き生きとしているのがわかる。かつて味わったことのない感覚だった。

「幸せに麻痺していた」

 柊子さんの実家近くにマンションを借りた。共働きだからどうしても実家に頼ることが多く、義両親には悪いなと思ったが、柊子さんは「甘えるのも親孝行みたいなものよ」と平然としていた。親子ってそういうものなのかと、彼はまた新たに学んだという。

「柊子の親子関係を見て、僕自身、親になる勉強を積んでいった。彼女に会わなければ、僕は親になることもなかっただろうし、なったとしても自分の親のようになってしまったかもしれない。柊子の親は子どもになにも期待していない。生きてさえいればいい、好きなように生きればいいと育ったそうです。あるとき、義父が言ったんです。『子どもがほしいと思ったのは親のほう。生まれた子が生まれたくなかったと思わないように育てるのが親の務めなんだと思ってる』って。それを聞いて涙目になって柊子に笑われました」

 長男が生まれ、2年後には長女が生まれた。かわいかった。ただひたすらかわいくて、仕事が休みの日、彼は1日中子どもを眺めたり一緒に遊んだりしていた。飽きることがなかった。子どもは何でもわかっていると彼は確信した。言葉にならないだけで、大人より感性は鋭いのだと。

「命が宿って生まれて、どんどん大きくなっていくんですよ。昨日より今日、今日より明日と目に見えて成長していく。こんなおもしろいことは他にない。柊子は週末、友だちに会ったりしていましたが、僕はひたすら子どもを見ているだけでよかった。いいパパになりたいなんて思わなかった。見て接しているのが楽しいだけ」

 子どもたちはすくすくと育った。両親と諍いひとつ起こしたこともない。柊子さんの仕事が忙しいのが気にはなったが、彼女は仕事が好きだから愚痴ひとつこぼさない。夫婦仲もよかったし、職場での人間関係も問題なかった。

「本当に幸せでした。幸せすぎて、幸せに麻痺していたと思う」

 昨春、上の子が高校に入学した。第一希望の私立に落ちたときはどうなるかと思ったが、公立高校には合格した。最初は学校に行きたくない、浪人すると言っていたが、「高校の名前なんてどうでもいい。とりあえず通ってみて、どうしても嫌だったら考えよう」と彼は提案した。しばらくすると息子は友だちもでき、クラブ活動も始めて楽しそうに通うようになった。彼は心からホッとしたという。

 そのホッとした気持ちにつけ込んできたのが、「何もかもがぶっ飛ぶような恋」だった。

後編【わずか1ヶ月の不倫で16年間の家庭生活がズタズタに…46歳夫は「妻と向き合うのは怖い。でも義父の温かさには応えたい」】へつづく

亀山早苗(かめやま・さなえ)
フリーライター。男女関係、特に不倫について20年以上取材を続け、『不倫の恋で苦しむ男たち』『夫の不倫で苦しむ妻たち』『人はなぜ不倫をするのか』『復讐手帖─愛が狂気に変わるとき─』など著書多数。

デイリー新潮編集部

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