横尾忠則が明かす、三島由紀夫がしかけてきた数々の「イタズラ」
多くの人が、悩み、苦しみ、悲しみ、怒りなどの感情から中々自由になれないのは、「遊び」を知らないからではないでしょうか。一般的な遊びといえば、酒場、カラオケ、マージャン、ゴルフなどの規格化された遊びを連想しますが、ここに行動そのものが遊びみたいな人がいます。
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三島由紀夫さんです。三島さんの遊びは一般的なルールに従がったプレイ的な遊びではないけれど、三島さんと共有した時間の全てが僕には遊びに見えていました。人を巻き込んだ、子供のいたずらに似た、少し悪意のある遊びで、芝居じみているけれどそれだけに演技力も必要です。
例えば、ホテルのティーサロンで約束の時間に会うことになりました。僕は2、3分遅刻しました。すでに三島さんはコーヒーをほとんど空にしたのを、わざと僕の目の前に置いて、「遅い!」と叱る。礼儀礼節にうるさい三島さんだけに、2、3分の遅刻でも許せないのです。
次にまた会うことになって約束の15分前に行きましたが、すでに三島さんは待っていて、また「遅い!」と言われました。一体何分前に行けばいいのかと、困って悩む。そんな僕を見て楽しんでいるようにしか見えません。だけどテーブルの上にはコーヒーカップが2個ありました。どうも先客がいたことがバレています。僕が着く前にその先客を帰らせて、自分が如何に早くから待っているかを演出したいのです。
もう、いじめというか、三島さんにすれば大芝居を打った遊びです。そんな三島さんの内心を僕はすでに読んでいますが、この場では謝るしかないのです。
また別の日。三島さんに歌舞伎「椿説弓張月」のポスターを頼まれました。〆切はずっと先きですが、突然僕の仕事場にアポなしでいきなりやってきて、「おっ、俺の仕事をやってくれているなあ」とイヤミを言われます。首をすくめる僕を見て三島さんは楽しくて仕方がないようです。三島さんにとっては仕事も遊びです。
別のある日。三島さんに僕の作品論を書いていただくことになって、自宅に原稿をいただきに行くと、屋上に面した双子のような円型の部屋が二つあって、その片方の部屋で「今、書くから待ってよ」と、編集者と僕の二人の目の前で、足を組んで、小さいサイドテーブルで、四、五枚の原稿をアッという間に脱稿してしまいました。
ほんの数分のように思われましたが、読んでみると、かなり熟考をこらした文章です。いくら三島さんでもあんなに早くは書けません。すでに書き上げた文章を、僕たちの目の前で反復させたに違いないのです。時にはこのような芸当のパフォーマンスをして見せて、「どうだ!」とわれわれを驚嘆させて、遊んでいるのです。
また、ある別の日、銀座のレストランでの話です。三島さんが予約した席は、目立たない奥の席ではなく、入口の真正面のえらい目立つ席でした。にもかかわらず、店内の客は三島さんの存在には気づいていません。カウンターを背にした一番目立つ席についているにもかかわらず、誰ひとりとして三島さんの存在に気づいていないのです。
その後、スックと席を立った三島さんはレジの横にある赤電話で、どこかに電話を掛け始めました。店内いっぱいに響くような大声で、「もし、もし、三島由紀夫ですがね……」と。その声に驚ろいた店内のほとんどの客は、声の主に視線を投げました。そしてほぼ全員が、そこに三島由紀夫を目撃して、驚ろいています。電話の内容は、どうでもいいような内容で、店内の客に存在を気づかせるのが目的です。ザワ、ザワしていた客も、三島さんの存在に気づいたあとは静かになって、僕達の席の三島さんの声だけが店内に響いています。やっと目的を達成した三島さんは満足顔で、ご機嫌でありました。
このような三島さんの遊び心は、人生のいたるところに遍在していて、いつでも、どこでも、ひょいといたずらっ子のように物影から顔を出して、三島さんの周囲の人達を喜ばせ、時には怖がらせます。が、数多い三島論では三島さんの「遊び」は無視されています。
市ヶ谷の自衛隊に突撃するタクシーの中でも全員で高倉健の「唐獅子牡丹(ぼたん)」を合唱するなんて、死を目前にしたその瞬間まで三島さんは遊んでいます。どこかで死を超越したところがなければ、本気で遊べないように思います。三島さんの遊びは、どれも悪意がありますが、芸術は悪意の所産ですから、悪意があって当然です。
三島さんの市ヶ谷の自衛隊駐屯地での切腹も、実に演劇的です。次々と集まってくる観客を前に、三島さんには切腹は苦痛というより快感であったのではないでしょうか。三島さんの最期までもが、僕には遊びに思えて仕方がないのです。マッチョ的肉体美の創造も芸術行為でもありますが、芸術こそ最高の遊びです、と言えないでしょうか。