意外と高齢社会と親和性の高いIT 電子マネー、Zoomなどは高齢者に優しいシステム(古市憲寿)

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 フランス南部のリゾート地へ行った時のこと。友人のバンドが大きな家を借り切って曲作りをしているのをのぞいてきたのだ。

 夕方だっただろうか。急に家中が停電してしまった。ブレーカーが落ちたのだろうと分電盤を操作するも一向に電気はつかない。管理業者にもなかなか連絡がつながらない。明日には違う街に移動する予定とはいえ、今夜は真っ暗闇の中で過ごすことになってしまう。

 グーグルマップで検索すると近所に何軒か電器屋があるようだった。急ぎなので電話をかけてみる。だがフランス語しか通じないようだ。こちらの言葉は自動翻訳アプリで伝えられるが、返事まではわからない。すると向こうが「ワッツアップ」と言ってきた。

 はじめは英語のあいさつ(What's up?)かと思ったが、すぐにメッセージアプリ「WhatsApp」のことだと気が付いた。日本でいうLINEのようなサービスなのだが、電話番号がわかればすぐにメッセージを送ることができる。ショートメールと違って送受信料もかからないため、20億人以上に愛用される世界で最も人気のアプリだ。

 WhatsAppを使って文字を送れば、お互い簡単に自動翻訳を利用することができる。電器屋とも難なく連絡を取ることができた(結局「週末は無理」と言って来てくれなかったけれど)。

 こちらは日本でのこと。アメリカのシェフやフードジャーナリストなど食の専門家と、発酵にまつわる場所を巡る視察に同行した。彼らはさまざまな食材に興味を持つのだが、ラベルには日本語表記しかない。だが通訳を待つまでもなく、グーグルレンズの翻訳機能を使って日本語のラベルを読み解いていた。ラベルの説明で足りない時は、画像検索をすればさらに精度の高い情報を探すことができる。

 世界のどこへ行っても、一定レベル以上のITリテラシーを持っている人と会うと安心する。仮に言葉が伝わらなくてもコミュニケーションを取れることがわかるからだ。同じ時代の同じ世界に生きている人間同士なのだと確認ができる。

 個人の能力うんぬんの問題ではない。何百時間もかけて外国語を学習するよりも、アプリを使って言語を翻訳する方が簡単に決まっている。使おうとする意思があるかどうかだけだ。

 年齢も関係がない。社会学者の加藤秀俊さんは今年で93歳になったが、当然のようにFacebookもZoomもKindleも使う。紙の本を献呈しようとしたら電子書籍の方が読みやすいと言われて断られた。確かに電書は文字の大きさも明るさも自由に変えることができる。

 ITと高齢社会は親和的だ。耳が遠くてもZoomなら音量調整が簡単だし、手先の動作がおぼつかなくなっても電子マネーを使えば財布から小銭を出す必要もない。

 ところで日本のビジネスシーンで上座・下座に無頓着だとマナーがなっていないと言われる。だがデジタルに疎くてもマナー違反だとは言われない。上座・下座の慣習より、よっぽど大事だと思うのだけど。

古市憲寿(ふるいち・のりとし)
1985(昭和60)年東京都生まれ。社会学者。慶應義塾大学SFC研究所上席所員。日本学術振興会「育志賞」受賞。若者の生態を的確に描出した『絶望の国の幸福な若者たち』で注目され、メディアでも活躍。他の著書に『誰の味方でもありません』『平成くん、さようなら』『絶対に挫折しない日本史』など。

週刊新潮 2023年8月3日号掲載

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