猿之助不在の歌舞伎界を救うのは誰か 演劇記者は「中車でも團子でもなく、革命を起こした男」
新作歌舞伎で「赤胴鈴之助」
これだけの舞台を実現させた尾上松也とは、どんな役者なのだろうか。
「実は、いつか松也が猿之助にかわる存在になるのではないかと、関係者の間では、なんとなく囁かれていたんです」
こう語るのは、以前より松也に注目してきた、ある演劇ジャーナリストである。
「彼は今年38歳、中堅の脇役だった六代目尾上松助の長男です。5歳のころから子役として活躍してきました。ところが20歳のとき、父松助がガンで病死してしまうのです。歌舞伎界で父親を失うことは、孤児になったも同然です。ところが彼は積極的に様々な舞台に挑戦しはじめた。その最初が、猿之助(当時は亀治郎)の自主公演でした。ここで猿之助から励まされ、自らも自主公演を立ち上げるのです」
それが2009年にスタートさせた「挑む」シリーズで、名作歌舞伎をわかりやすく上演することで好評だった。そして10回目の2021年が最終公演となったのだが、ここに、今回の松也の大奮闘の原型があるという。
「このとき松也が取り上げた演目もやはり新作歌舞伎で、なんと『赤銅鈴之助』でした。実は、彼の亡き父・尾上松助は、子役時代の昭和30年代に、大ヒットTVドラマ『赤銅鈴之助』に主演していたのです。当時の芸名は尾上緑也。共演がTV初出演の吉永小百合でした。つまり赤銅鈴之助こそは、松也にとってのルーツともいえるキャラクターだったのです」
この往年のTVドラマを、松也は見事な新作歌舞伎に仕立て上げていたという。しかも会場が、アングラや小演劇の聖地、下北沢の本多劇場だというので関係者は驚いた。
「たしかに自主公演ですから、大きな劇場は使えない。しかし、まさか本多劇場を使うとは思いませんでした。まるで小演劇界に殴り込みをかけたような意気込みを感じました」
このときの演出は尾上菊之丞だったが、明らかに松也の意思が強烈に反映された舞台だったという。
「本多劇場には、花道も宙吊り設備もありません。舞台も小さいし、楽屋裏も歌舞伎公演には決して使いやすくない。しかし、それら欠点をすべて逆手にとった構成で、見事な“瞬間早変わり”、お笑いのチャリ場や立ち回りもあった。照明の使い方なども現代的で、まるでスーパー歌舞伎を丸ごと一本見せられたような満足感だったのです。これを新橋演舞場でスケールアップして再演してほしいと思ったのは、私だけではなかったと思います」
もちろん、このころ、猿之助は大活躍中だった。よってさすがに大きな声ではいえなかったが、「松也はスーパー歌舞伎もできるんじゃないか」と囁いていた関係者がけっこういたのだという。
「今回の『刀剣乱舞』を観ていて、明らかに一昨年の『赤銅鈴之助』の成功が下地にあると思いました。もちろん松也は音羽屋ですから、澤瀉屋の専売特許であるスーパー歌舞伎を引き継ぐことは難しいと思います。しかし、名称などは何でもいい。それこそ〈マツヤ歌舞伎〉でもいいから、ぜひ、彼ならではの新しい歌舞伎をさらに開拓してほしい。いま、猿之助不在の歌舞伎界を救えるのは、中車でも團子でもなく、まちがいなく尾上松也です」
こうなったら、中止になった「鬼滅の刃」も松也にまかせてみてはいかが?
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