軍隊回避のため“女”になったのか… ryuchellさんで思い出す「韓国のトランスジェンダー芸能人」への誹謗中傷
「トランスジェンダーは永遠に消えろ」
しかし、韓国社会の関心は、「女性になったハ・リス」ではなく、「トランスジェンダー・ハ・リス」に向かっていた。メディアはハ・リスが男だったときの姿を探し出し、卒業アルバムの写真をインターネットニュースなどに公開した。「男性であるにもかかわらず女性よりきれいな外見」に関心が集まった。しかし世間はハ・リスを女性と認めない空気があり、ただ、好奇心と笑いの素材として活用するだけだった。お笑い界の芸能人の中には、男性のトーンが混ざったハ・リスの声をモノマネしたり、ロングヘアと衣装などでハ・リスの外見を茶化したり、セクハラの要素を含んだ発言も躊躇しなかった。
ハ・リスに対する誹謗中傷は深刻だった。SNSに「軍隊回避のために女性になる手術をしたのか」「トランスジェンダーは永遠に消えろ」などと、2カ月間、数回にわたり中傷を書いた20代女性が起訴され、懲役刑を宣告されたこともある。ハ・リス本人も2018年頃、数え切れないほどの深刻な中傷で、「これ以上生きたくなかった」とインタビューで告白している。
手術で性別を変えた芸能人が他にもいる。韓国映画「頭師父一体」に出演したイ・デハクだ。この映画は、2006年に長瀬智也が主演した日本テレビドラマ「マイ☆ボス マイ☆ヒーロー」の原作になっている。映画で女性らしい外見と声で「女性らしい男」を演じたイ・デハクは注目された。ハ・リスとファッションショーの舞台で共演したのを契機に、2007年性転換手術を受ける。男性の人生に悩んだ末の選択で、名前もイ・シヨンと改名した。イ・シヨンは手術後も、映画に出演したり音楽アルバムを出したりもした。しかし反響を得られなかった。なかなか活動機会を得られない中、死亡説が流れたりもした。
だが、2018年、突然、インターネット放送に出演し、性転換手術以後、映画出演も途絶え、事務所との再契約もできなかった経緯を語った。誹謗中傷に晒され、発症したうつ病などで自ら命を絶とうと試みたと告白している。
「韓国のマツコ」プンジャの活躍
韓国では女性になろうとする男性に違和感を抱き、彼らを差別したり、容認しない雰囲気が依然として残っている。ryuchellさんと同じようにハ・リスとイ・シヨンも自ら命を絶つことが脳裡をかすめるほど苦しんでいた。
これはなにも芸能人に限ったことではない。韓国の国家機関である「国家人権委員会」が2021年、性転換者を対象に調査を行っている。それによると、10人の中の6人が前年にうつ病の診断を受けたり治療を受けたという。また、2018年に韓国の高麗大学で性転換者278人を対象に調査した結果、回答者の40%が「自ら命を絶とうと試みた」と述べたことがわかった。
しかし韓国では、その種の苦痛を克服しようと努力し、活発に芸能活動をつづける芸能人がいる。ユーチューブ出身のプンジャだ。周りから「韓国のマツコ」とも呼ばれ、太めの外見で、最近、韓国のバラエティ番組で人気を集めている。
プンジャは数年前に性転換手術を受けているが、まだ家族がこれを納得していない。住民登録上にはまだ男性と表記されているようだ。性転換者という理由で住宅契約を破棄されるなど、さまざまな差別を受けたりもしたという。中傷も相当あった。
だがプンジャは、それを逆手にとって、話のネタとして使いながら、「中傷コメントを書く人たちを全員警察に通報する」と怖がらせたりもする。それで視聴者の笑いを誘うこともある。また、最近あるバラエティ番組に出演したときには、「誹謗中傷は芸能活動の力の源泉」とも話している。
プンジャは自分が女性になることを選択したからといって、外観に対して無理をしない。むしろ太めの体型をアピールする。バラエティ番組では、「1ヵ月の食費は500万ウォン(約55万円)」「食コンテンツの映像を撮影し1年間で40キロ太った」と笑いをとる。その堂々とした態度が人気を呼んでいる。韓国社会でありふれたものではないが、女性になることを選ぶことで耐えなければならない苦痛を肯定的に受け入れ克服しようとしている。
知人の記者はこうもいう。
「ryuchellさんが切ない選択をする前にプンジャを観ていたら……。周辺からの誹謗中傷などを肯定的に笑い飛ばし、ひたすら仕事にだけ集中していたら……。人々は決して自分を本当の女として受け入れないということを納得し、視聴者とファンの笑いに結びつけたら悲劇は避けられたかもしれない」